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 ひとつ前に読んだ本『そこに日本人がいた』は、江戸の終わりや明治、大正といった時代に日本を離れ海外に移住した日本人について記載されていたのですが、明治から昭和にかけてアジア圏の僻地にまで移住していたのは『からゆきさん』であるとの記述が何度かありました。
 『からゆきさん』という言葉。なんとなく意味するところは理解しているが、詳細はさっぱり知らないのが本当のところだ。金銭的理由により海外に移住して売春することになった、不幸な日本人女性、、、小生が『からゆきさん』について説明せよとなれば、その程度の説明になるだろう。
 『からゆきさん』よりも日本に滞在している、ある種のフィリピン人を呼称した『じゃぱゆきさん』のほうが言葉としては馴染みが深いくらいである。

 『からゆきさん』。かつての日本が残した歴史のひとつとして知るべきであろう、、、、、そう考えて検索して手にとったのが今回の本、山崎朋子著 『サンダカン八番娼館』文春文庫 である。

 齢10歳にして、当時のお金300円で女衒といわれる人身売買を生業とする男に身を売られ、ボルネオの売春宿で13歳から身を売る生活をしたのちに日本に帰ってきた『オサキさん』という名のからゆきさんと著者との同居生活をへて、からゆきさんの実態について聞き取り調査をした著者が記した本です。
 日本国家の貧しさゆえ、また、からゆきさんとならざるをえなかった個人の貧しさゆえにとはいえ、現在の日本に生活する小生などには想像を超える苦しみや悲しみの世界がそこにある。文盲で手紙をかくこともできず、借金の法外な利子に異議を唱えることもできぬまま、中国人や色の黒いアジア人に身体を開く生活。時には1日に30人の相手をするときもあったそうだ。

 この本のなかにあるのは、貧しかった日本の社会の姿だ。
 金銭を得るために人を売る女衒、身体を売ったからゆきさんの悲しみの歴史があって、豊かな日本の今の姿があるのかもしれません。貧しき国が、貧しさから脱却していく過程で繰り返し発生する姿なのか。

 この本でひとつ気になるのは著者の目線、というかモノの見方だ。
 身分の違い意識させるような境界線を必死に自分のなかに作っているようなモノの書き方が妙にひっかかる。同情を寄せながらも、著者のエゴが大きく顔をのぞかせているように感じました。
 まあ、著者のイヤらしいほどのエゴがなければ、この本はなかったのでしょうが、、、。

 かつて『一条さゆりの真実』という伝説のストリッパーの本を読んだことがあるのですが、その著書というのはピンサロでアルバイトをする貧乏ライターだった。
 あの本を読んだあとと同じ後味の悪さがこの本にあるのは、著者が取材対象に抱いた偏見を、同情というオブラートで包んだ文章につきまとう、なんとも言えないイヤらしさに共通するような気がした。

 佐野真一のレポを、ヌルヌルした女のもので浸すとこんな本になるのかな、、、とふと思いました。
 歴史を知るという意味では有意義な本であったように思います。