久しぶりに『痛み』を味わっております。
 こころの痛み、からだの痛み、、、、、今回の小生は歯の痛み。

 原因というか、こうなった理由はごく簡単で治療すべき歯を放置しておいたことにほかならない。でも放置してしまった理由もあるといえばあるのです。
 20代の終わりのころに、当時の上司の同級生だという歯科医を紹介してもらいました。日本の一等地、銀座に医院をかまえるちょっと敷居の高い歯科でした。紹介いただいたその先生、たぶん腕はピカイチでしょう。治療に臨む、その真剣さが違います。手元の狂いやミスがないように、意識を集中しているのがよくわかりました。
 小生は高校1年生のころに近所のロクでもない歯科医に治療された2本の歯がいつまでグズグズしておりました。治療した歯科医は腕の悪い、もしくは開業したばかりの新米歯科医だったと想像できるのですが、『なんで歯がこんなに大きく削られているのかっ?』と高校生だった小生でも違和感をすぐにいだいたほどでした。
 その歯科医はすぐに廃業となってましたが、その歯科医に治療された歯はのちのちに、いつまでも治療せねばならない歯となりました。
 その歯をキッチリ治療してくれたのが上司に紹介された銀座の歯科医でした。

 その銀座の歯科医に治療をうけてから15年ほど、歯科医にお世話になったことはなかったのかな。
 親知らずを抜歯したことくらいでしょう。
 しかし、その腕の良い先生も、すでに65歳くらいになられているでしょうか。
 医院はいまだ銀座にあるようですが、先生が主治医をされているかどうか、、、、、なんてこともあり、今回問題となった奥歯の冠物が外れそうな気配があってもずっと放置してました。

 まっ、痛くなったらね、、、、なんて。

 そして20日ほどまえに痛みが爆発し、急に歯科医を探すはめになりました。
 職場に比較的近いことと、医院のWEBページに記載されていた院長が歯科医になった動機の部分に小生の気持ちが惹かれました。
 『こどものころから手先が器用で、この腕を何かに活かせないかと思い歯科医になった』とあり、両親は歯科医でも医師でもなかったのだそうです。
 そう、歯科医は手先が器用でなければ無理でしょう。先天的な条件として最初にあげられるべきだと思いますが、実際の歯科医の免許の試験に手先の器用さをテストするなんてことはないでしょうな。
 親が歯医者だからオレも歯科医なんてヤツはとんでもない歯科医でしょう。おそらく、小生が高校生のころに出会ってしまったあの歯医者はその類だったに相違あるまい。
 
 治療初日にレントゲンを撮られ、治療すべき個所が数カ所あることを確認。
 説明も明快だし、年齢も小生と同じということで、なんとなく安心できました。
 その日は、病巣だった歯根を院長に治療してもらいましたが、治療帰りから痛みが始まりました。
 説明はされてましたが激痛の時もあり、頓服を飲んで耐える、耐える。

 そして2回目の治療。
 2回目の治療の時にはすで激痛が始まってましたが、激痛を小生が訴えても、院長は素知らぬ顔。治療を担当してくれたのも、若手のちょっと自信のなさそうな歯科医。
 おいおい、小生がこんなに痛んでんのに、院長は無視か?
 ちょっとはオレの話を聞いてくれ~
 と思っておりましたが、その2回目の治療時は若い歯科医が終始小生を治療処置してくれた。

 ボルタレンなる頓服を飲まないと悶絶の苦しみ。
 処方された薬量を飲んでしまっては歯科医にもらいに行く始末。
 でも、薬をもらいにいっても院長は顔すら見せないし、小生の様子をうかがう気配もない。
 ただ頓服を渡されるだけ。

 軽い不信感が小生のなかに沸き起こる。

 痛い、痛いのである。
 顔も左側がコブとり爺さんのようになってしまっているのだ。
 院長!あんたがゴリゴリした奥歯のせいでこうなったんじゃないのかっ!
 子供じみた怒りもフツフツと湧いたりして。

 違う歯科医を探すか、、、、。
 痛くなったら、掌を返すように冷たい態度、、、、。
 でもな~、、、、、。


 そして本日。
 予約してあった診療時間だったので、やっぱりその歯科医に行くことにする。
 
 っと、本日は院長の診療。
 『いや~かなり腫れてましたね』と。
 腫れや痛みは想定内であったこと。臨床例からいって痛みの峠は過ぎ去ったこと。
 今後に発生しうる事態の説明などなど。
 初回の診療状況から、小生が痛みに強そうだったから余計な説明はしなかったとのこと。
 あの~痛いのなんかゼンゼン耐えられないんですけど、、、ボク。

 院長に対する小生の誤解が、一気に吹っ飛びました。
 痛みのピークも過ぎ去っているらしいとの言葉が、安堵させてくれます。
 もう、あんなに痛いのは御免です。
 あと数日のうちに小生の内に秘める抵抗勢力と細菌との戦いは終戦するらしいのです。
 痛みが発生する可能性は低く、終戦すれば腫れも遅れて引いてくるそうです。

 いやはやひと安心。
 いっときは院長に対して猜疑心も浮かびましたが、ふたたび信頼できるようになりました。
 ひとは痛んでいるときに、『もうすぐもうすぐ』なんて言葉をかけることより沈黙を貫くほうが正しい行為であることに気付きました。
 『もうすぐ、もうすぐ終わる』なんていい加減な生返事をすれば、あとでややこしくなったり恨みを招くことにもなりかねませんからな。

 『メロス、オレを殴ってくれ。オレはお前を1度だけ疑った、、、、』
 太宰治の「走れメロス」ではないが、信頼の大切さを感じた、本日の一件でございました。


 まだまだ治療は続くんですけどね、、、、あ~いやだ!