昨日のこと。
最近、品行方正な小生。
業務を早々に終えることができたので、まっすぐ帰宅。かつてならば、仕事場ちかくの定食屋兼飲み屋のような店で引っかかっていくところですが、トレーニングをした夜は酒を断つ生活をしているので、そのまま自宅へ。無駄な金も使いませんからね~♪
アサヒのドライゼロで酒を飲みたい気分を紛らわし、すぐに晩飯。
家族全員揃って、19時には愚妻の作ったミートソースパスタなんてのを食べる。昨日の昼飯は仕事場にころがっていたパスタ麺で作ったぺペロンチーノだったので、パスタのダブルヘッダーとなりました。
まあ、そんなわけで家族団欒、正しい日本の夕餉の時間を過ごしていると、次男(小1)が口を開く。
次男『ねえ、明日も早く帰ってくる?』
小生『なんで?』
子供のころに父親が早く帰宅してほしいなどど1度も思ったことのない小生は、素直にその疑問を次男にぶつけた。小生は父親なんぞ帰宅していたら、落ち着いて飯も食えないほどイヤだったのが本音です。飯の食い方だの、なんだかんだととにかくウルさく、また厳しい父親だったのだ。むろん、その性格は70過ぎても変わることなく、わが子3人の目には『恐ろしいジイさん』と映っているようで、今でも緊張の面持ちで小生の父親と対面している。
次男『だって、早く帰ってきてほしいんだもん』
小生『俺は、そんなことを父親に対して希望したことはなかったな。家に父親がいるだけで嫌だったぞ。うるさくガタガタ言われるだけだったから、父親が早く帰ってきてほしいなんて思ったこともないぞ。お前らも知っているあのジイさんがお父さんなんだそ。家に早く帰ってきてほしいなんて思うわけないだろっ。お前らだって、ジイさんが怖いだろっ』
こう、小生が子供のころの気持ちを素直に口に出してみた。
二男のとなりで、激しく長男が頷く。
すると、次男が口を開いた。
次男『でも、おかげで俺たちは、箸の持ち方も鉛筆の持ち方もチャンとなった』
小生『???』
息子の言う話がどうもつながらず疑問符が頭を巡る。
問いただすと、つまりこういうことだった。
ウルサい父親がいる→息子に文句を言って躾ける→息子が大人になって自分の子供に文句を言って躾ける→その息子がキチンと躾けられて箸や鉛筆の持ち方などの日常に留意するようになる、、、、、
というわけだと。だから、小生にガタガタと小うるさい文句を言うジイさんおかげで俺たちはチャンとなっているのだと。
ホーっ、お前はそんなことを思うのか。
確かに小生は、自分がかつて父親に言われたのと同じように、子供らの箸の持ち方や鉛筆の持ち方にガタガタという小うるさい父親だ。風呂の入り方や、玄関で靴を揃えろだの、自分が父親に言われてきたこととまったく同じことを子供たちに対して口にしているのもしれない。
ここで、浮かんだもうひとつの疑問を次男に聞いてみた。
小生『それじゃ、お前が大きくなって大人になり、誰かと結婚して子供ができたら、お前も自分の子供にたいして、箸の持ち方や鉛筆の持ち方をガタガタとうるさく言うのか?』
次男『おれは、言う。だってそのほうが、みんながチャンとなるでしょ』
なんだかハッとしましたね。
こんな小さな子供でも命の連鎖や、生き方の方法や手段、思考の連鎖があることを意識するのだなと。娘と長男はこの話には一切入ってくることがなく、次男と小生だけが淡々と会話してました。
なんとも自分がちゃんとしなければなるまいなと自戒の想いが強くなりました。
食事を終え、風呂の入り終えた後、なんだが妙に次男が可愛くなってしまったので
『今日は久しぶりに一緒に寝ていろいろお話しよう』
と誘ったら、
『いやだ!おれは子供部屋でお母さんと一緒に寝るっ』
と予想外の返事をされ、がっくし。
長男とふたりで学校の話なんぞ聞きながら大人しく寝ましたよ。
ドロシー・ロー・ノルト(Dorothy Law Nolte)という人が1954年に書いた「子は親の鏡」という詩があるそうです。
けなされて育つと、子どもは、人をけなすようになる
とげとげした家庭で育つと、子どもは、乱暴になる
不安な気持ちで育てると、子どもも不安になる
「かわいそうな子だ」と言って育てると、子どもは、みじめな気持ちになる
子どもを馬鹿にすると、引っ込みじあんな子になる
親が他人を羨んでばかりいると、子どもも人を羨むようになる
叱りつけてばかりいると、子どもは「自分は悪い子なんだ」と思ってしまう
励ましてあげれば、子どもは、自信を持つようになる
広い心で接すれば、キレる子にはならない
誉めてあげれば、子どもは、明るい子に育つ
愛してあげれば、子どもは、人を愛することを学ぶ
認めてあげれば、子どもは、自分が好きになる
見つめてあげれば、子どもは、頑張り屋になる
分かち合うことを教えれば、子どもは、思いやりを学ぶ
親が正直であれば、子どもは、正直であることの大切さを知る
子どもに公平であれば、子どもは、正義感のある子に育つ
やさしく、思いやりをもって育てれば、子どもは、やさしい子に育つ
守ってあげれば、子どもは、強い子に育つ
和気あいあいとした家庭で育てば、子どもは、この世の中はいいところだと思えるようになる
自分の人生を窮屈には考えたくないけれど、なんだか久しぶりにちょっと考えた昨夜でした。
最近、品行方正な小生。
業務を早々に終えることができたので、まっすぐ帰宅。かつてならば、仕事場ちかくの定食屋兼飲み屋のような店で引っかかっていくところですが、トレーニングをした夜は酒を断つ生活をしているので、そのまま自宅へ。無駄な金も使いませんからね~♪
アサヒのドライゼロで酒を飲みたい気分を紛らわし、すぐに晩飯。
家族全員揃って、19時には愚妻の作ったミートソースパスタなんてのを食べる。昨日の昼飯は仕事場にころがっていたパスタ麺で作ったぺペロンチーノだったので、パスタのダブルヘッダーとなりました。
まあ、そんなわけで家族団欒、正しい日本の夕餉の時間を過ごしていると、次男(小1)が口を開く。
次男『ねえ、明日も早く帰ってくる?』
小生『なんで?』
子供のころに父親が早く帰宅してほしいなどど1度も思ったことのない小生は、素直にその疑問を次男にぶつけた。小生は父親なんぞ帰宅していたら、落ち着いて飯も食えないほどイヤだったのが本音です。飯の食い方だの、なんだかんだととにかくウルさく、また厳しい父親だったのだ。むろん、その性格は70過ぎても変わることなく、わが子3人の目には『恐ろしいジイさん』と映っているようで、今でも緊張の面持ちで小生の父親と対面している。
次男『だって、早く帰ってきてほしいんだもん』
小生『俺は、そんなことを父親に対して希望したことはなかったな。家に父親がいるだけで嫌だったぞ。うるさくガタガタ言われるだけだったから、父親が早く帰ってきてほしいなんて思ったこともないぞ。お前らも知っているあのジイさんがお父さんなんだそ。家に早く帰ってきてほしいなんて思うわけないだろっ。お前らだって、ジイさんが怖いだろっ』
こう、小生が子供のころの気持ちを素直に口に出してみた。
二男のとなりで、激しく長男が頷く。
すると、次男が口を開いた。
次男『でも、おかげで俺たちは、箸の持ち方も鉛筆の持ち方もチャンとなった』
小生『???』
息子の言う話がどうもつながらず疑問符が頭を巡る。
問いただすと、つまりこういうことだった。
ウルサい父親がいる→息子に文句を言って躾ける→息子が大人になって自分の子供に文句を言って躾ける→その息子がキチンと躾けられて箸や鉛筆の持ち方などの日常に留意するようになる、、、、、
というわけだと。だから、小生にガタガタと小うるさい文句を言うジイさんおかげで俺たちはチャンとなっているのだと。
ホーっ、お前はそんなことを思うのか。
確かに小生は、自分がかつて父親に言われたのと同じように、子供らの箸の持ち方や鉛筆の持ち方にガタガタという小うるさい父親だ。風呂の入り方や、玄関で靴を揃えろだの、自分が父親に言われてきたこととまったく同じことを子供たちに対して口にしているのもしれない。
ここで、浮かんだもうひとつの疑問を次男に聞いてみた。
小生『それじゃ、お前が大きくなって大人になり、誰かと結婚して子供ができたら、お前も自分の子供にたいして、箸の持ち方や鉛筆の持ち方をガタガタとうるさく言うのか?』
次男『おれは、言う。だってそのほうが、みんながチャンとなるでしょ』
なんだかハッとしましたね。
こんな小さな子供でも命の連鎖や、生き方の方法や手段、思考の連鎖があることを意識するのだなと。娘と長男はこの話には一切入ってくることがなく、次男と小生だけが淡々と会話してました。
なんとも自分がちゃんとしなければなるまいなと自戒の想いが強くなりました。
食事を終え、風呂の入り終えた後、なんだが妙に次男が可愛くなってしまったので
『今日は久しぶりに一緒に寝ていろいろお話しよう』
と誘ったら、
『いやだ!おれは子供部屋でお母さんと一緒に寝るっ』
と予想外の返事をされ、がっくし。
長男とふたりで学校の話なんぞ聞きながら大人しく寝ましたよ。
ドロシー・ロー・ノルト(Dorothy Law Nolte)という人が1954年に書いた「子は親の鏡」という詩があるそうです。
けなされて育つと、子どもは、人をけなすようになる
とげとげした家庭で育つと、子どもは、乱暴になる
不安な気持ちで育てると、子どもも不安になる
「かわいそうな子だ」と言って育てると、子どもは、みじめな気持ちになる
子どもを馬鹿にすると、引っ込みじあんな子になる
親が他人を羨んでばかりいると、子どもも人を羨むようになる
叱りつけてばかりいると、子どもは「自分は悪い子なんだ」と思ってしまう
励ましてあげれば、子どもは、自信を持つようになる
広い心で接すれば、キレる子にはならない
誉めてあげれば、子どもは、明るい子に育つ
愛してあげれば、子どもは、人を愛することを学ぶ
認めてあげれば、子どもは、自分が好きになる
見つめてあげれば、子どもは、頑張り屋になる
分かち合うことを教えれば、子どもは、思いやりを学ぶ
親が正直であれば、子どもは、正直であることの大切さを知る
子どもに公平であれば、子どもは、正義感のある子に育つ
やさしく、思いやりをもって育てれば、子どもは、やさしい子に育つ
守ってあげれば、子どもは、強い子に育つ
和気あいあいとした家庭で育てば、子どもは、この世の中はいいところだと思えるようになる
自分の人生を窮屈には考えたくないけれど、なんだか久しぶりにちょっと考えた昨夜でした。