イメージ 1

 新潮文庫の『孤高の人(上下巻)』新田次郎著です。

 登山家の加藤文太郎さんに関する本の3連続となりました。
 新田次郎さんの経歴について初めて知ったのですが、中央気象台に就職して富士山の気象台にお勤めだったそうです。山の空や、風が強く吹くその風景をリアリティをもって語りかける文章は、その経験からくるものだったのですな。
 この本にも加藤文太郎さんが冬の富士山を登頂していく場面がありますが、そのところだけ詳細に描かれている印象があったのですが、それも新田次郎さんが富士山に気象台にいたことがあるがゆえだったということでしょう。

 加藤文太郎さんの生涯の本を3連続目だったので、ストーリーに引き込まれずに、読めたことが逆に楽しいような気がしましたね。著者が季節や天候ごとに山の風景をどんな言葉で描くのか、、、そんな期待をもって読み進むことができました。

 本文にあった以下の文章が小生の心に深く刺さりました。

『冬山への挑戦という観念が大きな誤謬だった。戦いであると考えていたところに敗北の素因があった。山に対して戦いの観念を持っておしすすめた場合、結局は負ける方が人間であるように考えられた。老人のいった、えれぇこったということば、えらいことだのなまったものだろうが、その言葉は哲学的な深みをもっているように考えられた。』
 
 欧米人は自然に対して征服の観念をもち、日本人は自然に対して従属の観念をもっているとどこかの本で読んだような記憶があるが、たしかにそうなのかもしれない。自然災害も含めて日本人の姿勢とは加藤文太郎が山に抱いていた観念なのかもしれない。

 登山が、かつてはエリート階級や裕福層にのみ門戸を開かれたものであったことなど、登山にまつわる社会的な側面も描かれたいた点などは、既読の2冊の本にはないところでした。
 登頂の記録にしても、単独行であったことも、普通の勤め人の登山家であったことも、加藤文太郎さんが日本の山岳会のあり方を変える大きなきっかけになったことは間違いのないことだったのでしょう。

 加藤文太郎さんについての本は、とりあえずここまでにしておこう。