先日のこと。

 小生も休みで、ひさしぶりに家族そろって、昼飯。
雪も降ってるし、昼飯のあとは自宅でゆっくり過ごしておりました。
たまには、子供らに勉強でもさせることにして、それぞれリビングに勉強道具を持ってこさせるように命じる。
 娘は、少数の割り算。
 長男は、掛け算。
 次男はひらがなの練習と足し算、引き算。

 娘は、頭の回転が遅いのか、頑固なのか、わからない問題にぶち当たると思考回路が停止するようで、答えを導く思考をせずに問題が解けないという現実に悲しくなり、オロオロするタイプ。
 長男は、とにかく答えを早く導き出そうと、汚い字でドンドンど答えを書いていくタイプ。
 次男は、マイペースで、自分の指を必死に数えながら、足し算と引き算をしておりました。

 小生は、父親から勉強を教わったことなど皆無だ。
 おそらく、ただの1度もありません。
 学期末の通信簿なんてのも、結果について批評された記憶はまったくないのだった。

 そんな父親に育てられた小生だが、自分の子供の勉強をみる努力はたまにしております。
 1時間ほど勉強させて、子供らが勉強に飽きてきたようなので、解放してやりました。すると、やつらは、すぐさまクリスマスに購入した『ドンキーコングリターンズ』というゲームをおっぱじめました。
 テレビのゲーム画面を小生も一緒に見ていたのですが、やつらのゲームテクニックが上手くなってきている事に気付いた。複雑な動きにも巧妙に対応し、ゲームを攻略するようになっていた。
 ちょっと感心して、どうやってゲームが進行していくのかを尋ねてみた。
 
 すると、長男が口を開き、
『言ってもわかんないと思うけど、ドンキーコングとディディコングが、、、、、、』
 と上から目線で小生に解説をしてくれた、、、、。

 “言ってもわかんないとおもうけど”という言葉が、妙に小生の耳にひっかかる。
 “言ってもわかんないとおもうけど”ってなんだよ!おれは、テレビゲームの進行を理解できないジーサンじゃねーんだぞっ!と思いましたが、彼らにしてみたら、はっきりと境界線が引かれているんだなと感じました。 
 大人と子供のあいだの見えない溝が、子供らと小生のあいだにあるんだなと。
 
 正直いって、ちょっとサビしかったですね。
 もう、子供たちが違う次元に生きているのだと、自分の歳を痛感させられました。
 大袈裟に言うと、繰り返されている人間の世代交代を実感しました。

 そのうち、子供らが小生に秘密をもったり、無視されたりする日も近いのだろう。

 子供たちの成長が、うれしいやら、寂しいやら。