ヒグマに遭遇することもなく、感動の函岳レーダー線からピストンで帰ってきました。
道道660号線を走行して国道40号線に戻る途中に小さな駅がありました。
宗谷本線の『初野駅』です。

屋根もなければ、時刻表も掲示されていなかったように見えました。
日本の最北、稚内に向かう鉄道の小さな駅舎というか、ホームのみですね。

まっすぐ伸びた線路のむこうには、青い空が。
道道660号線を走行して国道40号線に戻る途中に小さな駅がありました。
宗谷本線の『初野駅』です。

屋根もなければ、時刻表も掲示されていなかったように見えました。
日本の最北、稚内に向かう鉄道の小さな駅舎というか、ホームのみですね。

まっすぐ伸びた線路のむこうには、青い空が。
1年間限定ならば、最北の土地で暮らしてみたいなんて考えました。
でも、そんな考えは、この地で生まれ、この地で土に還る覚悟で暮らしている人々に対して失礼な考えであると気付きました。
厳しい環境の中でこそ味わえる喜びと苦しみ、、、この地の真実は、たかが1週間くらい滞在した小生のような人間には、微塵も教えてくれていないのかもしれません。
でも、そんな考えは、この地で生まれ、この地で土に還る覚悟で暮らしている人々に対して失礼な考えであると気付きました。
厳しい環境の中でこそ味わえる喜びと苦しみ、、、この地の真実は、たかが1週間くらい滞在した小生のような人間には、微塵も教えてくれていないのかもしれません。
国道40号線南下して、朱鞠内湖に立ち寄ってみました。
なんとなく、北海道に来るたびにこの朱鞠内湖に来ています。

いつも通過点になってしまうのですが、いつの日か、この朱鞠内湖でキャンプをしてみたいものである。
なんとなく、北海道に来るたびにこの朱鞠内湖に来ています。

いつも通過点になってしまうのですが、いつの日か、この朱鞠内湖でキャンプをしてみたいものである。
国道275号を南下して、しばらく行くと蕎麦の生産地の幌加内に到着。
道の駅に蕎麦屋があったので立ち寄ってみました。
道の駅『森と湖の里ほろかない』です。
道の駅に蕎麦屋があったので立ち寄ってみました。
道の駅『森と湖の里ほろかない』です。
昼時はすぎていたのですが、やっぱり満席でした。
おろしそば 750円也です。

なかなかコシがあって美味いそばでした。
おろしそば 750円也です。

なかなかコシがあって美味いそばでした。
幌加内を過ぎてからは、最後の宿泊地である札幌を目指してひた走りました。
札幌で熱い夜が私を待っているのだ。
札幌で熱い夜が私を待っているのだ。
予約したホテルに到着してみると、Eさんはすでにチェックインしておりました。シャワーを浴びて身体を清めた後、いつものコース、サッポロビール園へ。

サッポロビール園は平日にもかかわず、満員御礼で30分ほど待たされました。
飲み放題、ジンギスカン食べ放題で、美味かったのですが、、、、、
ホールのアルバイトの青年がトンチンカンだったのと、隣の席のカップルもどきの中年男女が絞殺したくなるほど目ざわりだったので、いまひとつの満足度となってしまいました。
あまりに混雑しているサッポロビール園は、おすすめできませんな。

サッポロビール園は平日にもかかわず、満員御礼で30分ほど待たされました。
飲み放題、ジンギスカン食べ放題で、美味かったのですが、、、、、
ホールのアルバイトの青年がトンチンカンだったのと、隣の席のカップルもどきの中年男女が絞殺したくなるほど目ざわりだったので、いまひとつの満足度となってしまいました。
あまりに混雑しているサッポロビール園は、おすすめできませんな。
ジンギスカンを食してる加藤茶ではなく、Eさんです。

この写真、この加藤茶に似ている、、、、ハゲてヒゲがあるのが同じだけでしょうか。

ジンギスカンにビール。
時間無制限の飲み放題食べ放題。
でも、今年もどこへも繰り出しませんでした。
というのも、事前調査にと、そっち方面のWEBサイトを覗いたのですが、どうも髪を染めたオネーチャンの写真ばかりで、どうもピンとこなかったのです。
これだったら、いつもお世話してくれるあの娘のほうが、ぜんぜんよいではないかっ!という結論に至り、おとなーしく部屋で北の大地最後の夜を過ごしたのでした。
何より、函岳レーダー線のダート道から眺めた、あの清々しい風景が脳裏に焼き付いて、そんな気分にはならなかったのが本音でしょうか。

この写真、この加藤茶に似ている、、、、ハゲてヒゲがあるのが同じだけでしょうか。

ジンギスカンにビール。
時間無制限の飲み放題食べ放題。
これぞ、サッポロ。
ビール園のあとは、もちろん、あっち方面でしょう、、、なんて思うじゃないですか。でも、今年もどこへも繰り出しませんでした。
というのも、事前調査にと、そっち方面のWEBサイトを覗いたのですが、どうも髪を染めたオネーチャンの写真ばかりで、どうもピンとこなかったのです。
これだったら、いつもお世話してくれるあの娘のほうが、ぜんぜんよいではないかっ!という結論に至り、おとなーしく部屋で北の大地最後の夜を過ごしたのでした。
何より、函岳レーダー線のダート道から眺めた、あの清々しい風景が脳裏に焼き付いて、そんな気分にはならなかったのが本音でしょうか。
こうして、北の大地の最後の夜は、しずかに更けていったのでした。