しばらく行くと開拓碑がありました。
この地で米栽培をするために開墾の努力をした人々の鎮魂のために建立された石碑がありました。
『開墾魂』と刻まれた大きな石碑が、田園の前にありました。
この地で米栽培をするために開墾の努力をした人々の鎮魂のために建立された石碑がありました。
『開墾魂』と刻まれた大きな石碑が、田園の前にありました。
いやいや北海道には、そこかしこに明治からの歴史が刻まれているのでしょう。
旭川市内の渋滞を避けて、国道237号に入り、美瑛の駅前の道道966号線を登って、十勝岳の登山口に行ってみました。

登山口まで行くと、赤茶けた土地にどーんと十勝岳目の前に広がります。
肥沃な大地を、この十勝岳見守っているようにも見えます。

十勝岳は登山もできるようで、老夫婦が下山してました。

登山口まで行くと、赤茶けた土地にどーんと十勝岳目の前に広がります。
肥沃な大地を、この十勝岳見守っているようにも見えます。

十勝岳は登山もできるようで、老夫婦が下山してました。
あ~小生も引退したら、愚妻とふたりで登山でもするかな~
十勝岳の麓を後にして、ツーリングマップルでおすすめの道となっている道道544号線を走る。両脇には牧草やジャガイモ、玉ねぎ、ニンジン、かぼちゃなどが収穫され、カーゴに入れられて、うずたかく積まれている。
実際に見たことはないが、まるで欧米の農家のような光景だった。

青い空と白い雲。
言葉では現すことのできない、心に深く沁み入る光景でした。
実際に見たことはないが、まるで欧米の農家のような光景だった。

青い空と白い雲。
言葉では現すことのできない、心に深く沁み入る光景でした。
富良野を後にしすると、あとは帰路のフェリーに乗り込むために、苫小牧方面と国道を南下いたしました。
北の大地をかみしめるように、ゆっくりと。
北の大地をかみしめるように、ゆっくりと。
苫小牧市街にある温浴施設で2日分の身体の汚れを落とし、22時にフェリーターミナルでEさんと落ち合いました。
帰路のフェリーは、午前1時30分出港の深夜便にしたのですが、これが思いのほか快適でした。
深夜便は主にトラック輸送を目的としているので、客室は2等寝台のみなのですが、寝台が2段ベットではないので、実に快適です。
4人1室で、室内には簡易なイスとテーブルもあります。

2等寝台オンリーなので、騒がしい家族連れや、船内をうろつきまわり続けるオババや、隠微な
オーラを発散しまくるカップルなどの乗船客がいないので、船内の雰囲気に落ち着きがあります。
ただし、レストランなどの有人営業の施設がまったく用意されていないので、食料品はきっちり持ち込む必要があります。
バイクツーリストには、フェリー深夜便は、かなりおすすめです。
帰路のフェリーは、午前1時30分出港の深夜便にしたのですが、これが思いのほか快適でした。
深夜便は主にトラック輸送を目的としているので、客室は2等寝台のみなのですが、寝台が2段ベットではないので、実に快適です。
4人1室で、室内には簡易なイスとテーブルもあります。

2等寝台オンリーなので、騒がしい家族連れや、船内をうろつきまわり続けるオババや、隠微な
オーラを発散しまくるカップルなどの乗船客がいないので、船内の雰囲気に落ち着きがあります。
ただし、レストランなどの有人営業の施設がまったく用意されていないので、食料品はきっちり持ち込む必要があります。
バイクツーリストには、フェリー深夜便は、かなりおすすめです。
この日の走行距離
岩尾内湖キャンプ場~苫小牧 491km
岩尾内湖キャンプ場~苫小牧 491km
いやいや今回の北海道キャンプツーリングも、なかなか充実しておりました。
自宅に戻り、愚妻に留守にしたことについて礼を言うと、ちょっと不機嫌そうに『楽しそうで良かったね』なんて言ってましたが、実はかなり不満そうでした。
自宅に戻り、愚妻に留守にしたことについて礼を言うと、ちょっと不機嫌そうに『楽しそうで良かったね』なんて言ってましたが、実はかなり不満そうでした。
あ~また、しばらくは滅私奉公しなければ、、、、、

最後に、小生の心を和ませてくれた青い空と白い雲の写真を捧げて、感謝するとしよう、、、、
妻よ、ありがとう、、、、と日記に書いておこう、、龍角散。
今回の北海道ツーリングの走行距離 1865km
