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 4月である。
 春です。
 出会いの季節です。

 というわけで、4月の初日の昨日は休暇でした。
 嫁と我が家の子供3人、近所の人のお孫さん(娘と同学年)を連れて近くの公園に花見に出かけました。
 桜の木の下にシートを広げ、弁当食べて、公園で遊びまわる子供4人を眺めてた。
 なんだが、ふと、小さな幸福感が心に広がった。
 パッとじゃなくて、ジワジワと、小雨の中で塗れいく靴下のような幸福感だった。

 人間ってやつには、こんなふうな小さなヨロコビもあったのだな~なんて、風の強い空と子供らの歓声を聞きながら、考えたりしました。

 陽の傾きかけたころ、自宅に戻ると今度は少し辛い話を聞くことになる。
 胸が苦しいと言って病院を訪れた父親が、そのまま入院、手術をすることになったと、同行した姉から報告があった。心筋梗塞を発病している心臓のバイパス手術の必要性を宣告されたとのことだった。
 高血圧という持病をかかえていたから、ずいぶんと心臓と血管に負担がかかっていたらしい。
 医者に罹る事にあっさり同意した父親の態度を見て、なんとなく悪い予想をしていた小生は、電話をしてきた姉の声を頭の遠くのほうで聞いていた。
 すぐに命がどうということではないが、危険な手術であり、術後の生活にはそれなり苦労が伴うと涙声で語る姉の声のなかに、この世の無常観のようなものを感じた。

 よく家で暴れていた気性の激しい父親だった。
 今回の入院の件を、少しは人の苦しみも知った方がいいのよ、、なんてうそぶく母親の声を聞いて、やっぱり女は強いもんだと、ちょっと恐ろしくなりました。

 春は、すべての生命の活動に何かしら異変を起させるのですね。
 永遠のものなどこの世には存在しないと夕暮れの空に呟きながら、
 もう大して若くもない自分の掌をじっと見た。

 いつまでも咲いている桜だったら、誰も目にとめることもなかろう。
 咲いてパッと散るのが桜の美しさなのだろう。

 春なのである。