
『未帰還兵 かえらざるひと 六十二年目の証言』(将口泰浩著 産経出版刊)です。
太平洋戦争において戦局の悪化し始めた日本軍が、起死回生のためインドに攻め入り、英国軍に壊滅状態になるほど敗戦をしたインパール作戦に従軍した日本兵士の中に、あえて日本への帰国を望まなかった人々がいたいう。その未帰還兵で現在まで存命の人々に取材を試み、なぜ、祖国日本への帰国をしなかったのか、現在までどのような生活を送っていたのかをレポートしています。
アジア圏で勢力を広め、大陸の奥へと進軍していく日本陸軍が、なんと非合理に精神論のみで軍神日本帝国陸軍として、大陸に進出していったのか。言いかえれば、とても愚かな作戦であったとの分析がと巻頭の章で語られる。軍神日本陸軍としてあるべく、日章旗を軍神化されていた事実を伝えるべく記されていた次の文章がとても印象的だった。
軍歌「敵は幾万」の中に「旗は飛び来る弾丸に 破るるほどこそ 誉なれ」とあるように、よれた軍旗は連隊歴戦の証だった。
軍旗は神社に参拝する際と天皇陛下以外には敬礼のために垂れることがないようにと、「陸軍礼式」に定められていた。絶対に撤退しないという意味で、「廻れ右」せず、「右向け右」の号令を二回繰り返し、方向変えた。この形式の事柄からでも、日本陸軍の象徴ともいえる。
(本紙56ページより 抜粋)
祖国日本への帰国を望まなかった人々には、日系ブラジル人であったことや、次男坊であるがために家庭での居場所がなかったなどとというそれどれの事情はあったらしいのだが、灼熱太陽のふりそそぐ熱帯ジャングルを補給のないまま行軍し、撤退し、さらに敗戦国兵士の捕虜として生きることを良しとはできない憤りのようなものあったではないかと感じた。どこかの誰かが決めた命令で、生きるの死ぬのであれば、このまま自分の意思で束縛から逃れ、自由に死んでやろうと。明日をも知れぬ日々で、死とすぐ背中合わせの日々を過ごすのであれば、このまま自由に生きてやる、そして死んでやると。
生き延びたタイで、日本人としてではなく、ひとりのアジア人としてタイの現地タイの女性と家庭を持ち、ひとりの人間として日々暮らす日々。
戦争における、生命を維持したままの犠牲者もいるのである。
よく、タイの人々は日本に友好的であると聞くが、その理由は太平洋戦争時の日本兵の態度にあったという。というのも、日本軍は、東南アジアの独立国で同盟国であるタイを兄弟国として認識し、タイ人に対する態度として厳しい軍紀があったということも本中で知った。
この本の感想云々よりも、戦争の事実を語る本として、すばらしい取材力と優れた構成の書籍である。
感動の1冊。