世界的な原油高の影響でガソリン価格が高騰する中、東京都内で昨年11月初めから12月末にかけて、乗用車やバイクの給油口が壊され、ガソリンが盗まれるなどの被害が17件相次いでいることが11日、分かった。北海道や東北地方の寒冷地でも屋外タンクや漁船から灯油やガソリンが盗まれる事件が相次いでいるが、歯止めのかからぬ原油高騰に“油泥棒”は都心部にまで波及した格好。値上げと盗難の「ダブルパンチ」だが、盗難を防ぐ決定打に欠けるため、東京でも被害の拡大が予想される。(産経新聞)

 という記事が出ておりました。

 古紙が高騰すれば、古紙泥棒。
 鉄鋼が高騰すれば、ガードレール泥棒。
 ガソリンが高騰すれば、ガソリン泥棒。

 うーん、日本の刑事罰も、ちょっと考えなければならないのではないか!
 懲罰は、犯罪者の更生なぞ考慮せずに、逮捕したら、
 即日鞭打ち50回
 もしくは、市中引き回し後に磔、
 あるいは、手首を切り落とす

 それくらいの重罰を科して良いのではなかろうか。
 この乱れた世の中は、「目には目を、」のハンムラビ法典くらいで丁度良いのではないか!
 犯罪者の権利など剥奪し、見せしめ、さらし者にするくらいでなければ、犯罪に手を染める腐った者たちの根性を叩き直すことはできないのではあるまいか。

 日本の秩序が乱れを感じるニュースに接するたびに、小生は中学生の国語の教科書に掲載されていたある本を思い出す。文化人類学者ルース・ベネディクトによる日本人論『菊と刀』である。

 日本人の行動規範は、恥にあるという。他人が自分の行動にたいしてどういう判断を下すか、その他人の判断を基準にして自分の方針を定める、日本の文化は恥を基調とする文化である。したがって人目がなければ、行為の善悪は問題にならない。実に矛盾に満ちた国民である。

 と鬼畜米英に批判されていたのだ。

 赤信号、みんなで渡れば恐くない! まさにこの論理だ。つまり、誰もが軽犯罪に類は犯しているのだから、盗みぐらい大したことなかろう、、などと犯罪意識が極めて希薄なのだろう。たしかに、電車内で「携帯電話で通話は止めろ!」「スイッチは切れ!」などとアナウンスされても、社会の模範となるべき大人が平然と通話をしているのを目の当たりにすれば、幼き少年少女が社会常識から逸脱することに何ら躊躇いを持たなくなるのではあるまいか、、、、、

 社会の秩序の乱れが気になる今日この頃だった。

 小生は、窃盗犯なんぞ発見したら、ホントに日本刀で切りつける覚悟はいつでもできている。