
明智光秀の謀反の理由は、いまだ定説がなく、歴史を研究している学者によって、さまざまな解釈がなされています。『秀吉神話をくつがえす』の本中では、秀吉は光秀の謀反を事前に察知しており、光秀の謀反を利用して天下をとったと説明されている。秀吉の逸話でも有名な「中国大返し」にしても、計画の上の行動だったと史実に基づき解説がされている。秀吉は、宣伝上手で、信長から「さる」と呼ばれ、可愛がられたというのも、確たる文書は残っていないそうだ。秀吉のことを「禿げねずみ」とか、明智光秀を「金柑頭」と呼んだというのは、事実らしい。たしかに、現存する明智光秀の画像は、きんかん頭のように見える。
小生は、秀吉というと、NHKの大河ドラマ「おんな太閤記」で西田敏行が演じた助平な秀吉のイメージが抜けずにいる。女好きで、情の厚い武将、秀吉。日本人は、そんな秀吉象が好きなのだろう。
民意を操るために秀吉神話は、幾度も姿を変え、変えられてきたという。時には軍神、秀吉、時には、庶民の英雄、秀吉。序章にある、次の文書が、最も小生の頭には残った。
「国家神」から「庶民の英雄」、「軍神の象徴」をへて、「改革と平和の実践者」へ、という振幅の大きさは何であろうか。後世の人間が秀吉という一人の人物のどこに注目すからによって、評価にこれほどの落差が生じるのである。それはとりもなおさず、秀吉という男のつかみどころのなさ、決して正体を明かさず、状況に応じて変身を繰り返してきた生涯を如実に物語っているように思われるのである。