
思い返せば、北海道での日々は、夢幻のようである。
誰にも縛られない自由な時間。
逆に規則正しく、お天道様が昇れば目覚め、月明かりとなってややもすれば眠ってしまっていた。
空の青さ、雲の白さばかり眺めていたうような気がする。
北海道をグルッとひとまわりして考えたこと。
北海道において、大都市を除いては、経済自立が困難なことだ。
札幌、釧路、小樽などの大都市以外は、政府の助成金なしに行政は成立しないのではないか。
3年前に北海道を訪れたときは、必要の疑問視される国道の除草作業や、道路整備工事が頻繁に施工されていた。また、今回訪れた、山奥の林道にはカーブミラーや標識の類が、本州よりもはるかに多くの数が設置されていた。
いずれも、助成金の行く末が、そのような工事計画となったのであろう。予算縮小化にある現在においては、3年前に比べ、道路などの土木工事は明らかに減っているように感じた。
札幌のタクシーの運ちゃんは
『北海道の選挙は、誰か金を引っ張ってこれるかだよね~』と力説していた。
そういえば、今回のツーリングでは『成長を実感に』という安陪総理の写真の掲載された自民党のポスターがずいぶんと目についた。
北海道開発庁の役人にドスを効かせて、脅しまくっていた鈴木宗男あたりが幅を利かせていたのは、ある意味では北海道に住む道民の民意であったとも言えよう。
遠洋漁業の不振のせいか、釧路の街もずいぶんと寂れていて、美味かった炉端焼屋『ひょうたん』のまわりには、シャッターの閉まったきりのお店も見かけた。マルイ釧路店は、閉店したままの空きビルであった。
行き交う車が少ないことを望んで、小生などはバイクで道内を走り回っているわけであるが、道民の方が望んでいることと、我々都市部の生活者が、北海道に期待していることとでは大きな隔たりがあることを感じた。
また、地図を眺めるたびに、明らからに当て字と理解できる漢字の地名表記を見るたび、この大地は先住民族、アイヌの人々の土地だったのだなと実感した。
北海道の開拓史についても、ちょっと勉強してみたくなった。
いやはや、人間が生きていくことは複雑だな、、なんて考えながら見つめる、少し涼しい東京の空だった。