2006年12月17日である。
今年も、あと2週間をのこすばかりである。

ある本で読んだのだが、
「大人の時間の感じ方というのは、1日は長く、1年は短い」
逆に
「子供の時間の感じ方というのは、1日は短く、1年は長い」

まこと、その通りだと歳を重ねるごとに思う。
社会に出て、ネクタイなぞを締めるようになったのは、ついこのあいだのように感じるが、学校の机で居眠りコイていたのは、遠い昔のように感じます。労働者になって18年の月日が経ちましたが、今までと同じだけこれから働くと、もう50代も後半、初老と呼ばれても違和感のない齢となる。髪は薄くなり、視力も落ち、男としての機能も思うようにならず、、、、
 そんな毎日が、必ずや小生を待っている。

 「人間は、いちにちいちにち死んでいるんだ、、
  君らは、毎日生きていると思っているだろう、、
  人間は、毎日死んでいるんだよ」
 小生の高校時代の国語教師であった大山先生の言葉だ。
 当時は、ふーんそんなもんか、、と思っていたが、不惑の小生には、現実味を帯びた言葉として聞こえる。

 3人の子供にDNAの伝達し、生物として使命を終えた小生は、これからどう生きるべきか。伝えたDNAをより広めるために、3人の生物をより優秀なメスやオスに交われるよう、育てなければならぬのはもちろんであるが、親という役割のほかに、なにか生きる使命のようなものが欲しい。

 金か?
 快楽に満ちた時間や空間か?
 
 生きた証として、ほんのわずかでも未来を変えてみたい。
 師走の独り言でございます。
 
 それにしても、本日の中山11レース。
 6番と3番は買っていたのだが、、、もう1頭が絡まずに3連復、3連単は敗退。 
 もし、絡んでたら、一財産できたのに、、、
 師走の戯言でございます。