今日の午前中は、仕事が入ってなかったので家でゆっくり過ごしておりました。
すると、1学期の終業式を終えた娘が帰ってきた。
小生 「お帰り。通信簿はどうした?」
娘 「、、、えっ~」
小生 「見せてよ」
娘 「はい」
娘の通信簿開くと、小生が子供だった頃のそれとは、大きく様変わりしていた。
まず、「良く出来る」「もう少し頑張りましょう」のふたつの評価欄しかなかった。「優、良、可」でも「A、B、C、D、E」でもないのである。5科目のなかで、とくに苦手な項目を通知するだけのもので、かつての相対評価の通信簿とは大きく違うようだ。絶対評価のなかで、とくに苦手なものだけに「もう少し頑張りましょう」の評価をつけられるようだ。
小生の印象としては、つまらない通信簿だった。なんだか競争意欲の湧かない通信簿である。子ども自身が通信簿の対して、緊張感がないのも頷けると感じた。小生の娘の通信簿には5科目25項目にひとつだけ「もう少し頑張りましょう」と評価されていた。残りはすべて「良く出来る」だった。
そんなハズはあるまい。自慢じゃなないが小生の娘は、引き算を指を折りながら必死でやるようなタコである。平仮名の書き順だって間違えるし、体育のソフトボール投げは、たった2mである。まるで「良く出来る」娘ではない。娘の通信簿がこの調子なら、多くの子供はオール「良く出来る」であろう。
「ゆとり教育」の弊害や、こどもの学力の低下が叫ばれおりますが、最近確かに実感します。子供の教科書やノートの簡易なことには驚きを禁じえません。すべてが「進研ゼミ」みたいです。すべてがわかりやすくテキスト化されています。子供のためというよりは、アホな教師でも授業が進められるようになっている、、、と私には感じられました。
少子化による教育のゆがみ、、、世の中の変化をあらためて実感した本日でした。
すると、1学期の終業式を終えた娘が帰ってきた。
小生 「お帰り。通信簿はどうした?」
娘 「、、、えっ~」
小生 「見せてよ」
娘 「はい」
娘の通信簿開くと、小生が子供だった頃のそれとは、大きく様変わりしていた。
まず、「良く出来る」「もう少し頑張りましょう」のふたつの評価欄しかなかった。「優、良、可」でも「A、B、C、D、E」でもないのである。5科目のなかで、とくに苦手な項目を通知するだけのもので、かつての相対評価の通信簿とは大きく違うようだ。絶対評価のなかで、とくに苦手なものだけに「もう少し頑張りましょう」の評価をつけられるようだ。
小生の印象としては、つまらない通信簿だった。なんだか競争意欲の湧かない通信簿である。子ども自身が通信簿の対して、緊張感がないのも頷けると感じた。小生の娘の通信簿には5科目25項目にひとつだけ「もう少し頑張りましょう」と評価されていた。残りはすべて「良く出来る」だった。
そんなハズはあるまい。自慢じゃなないが小生の娘は、引き算を指を折りながら必死でやるようなタコである。平仮名の書き順だって間違えるし、体育のソフトボール投げは、たった2mである。まるで「良く出来る」娘ではない。娘の通信簿がこの調子なら、多くの子供はオール「良く出来る」であろう。
「ゆとり教育」の弊害や、こどもの学力の低下が叫ばれおりますが、最近確かに実感します。子供の教科書やノートの簡易なことには驚きを禁じえません。すべてが「進研ゼミ」みたいです。すべてがわかりやすくテキスト化されています。子供のためというよりは、アホな教師でも授業が進められるようになっている、、、と私には感じられました。
少子化による教育のゆがみ、、、世の中の変化をあらためて実感した本日でした。