光市母子殺害事件の広島高裁で死刑判決となったが、その翌日に書かれたという
本村洋さんの手記を読んだ。(月刊誌「WiLL」6月号)
これまで9年間の長く辛い日々、思いが切々と書かれており、
報道では知ることの出来なかった二人を守ってやれなかった懺悔の気持ち、
自殺まで考えたこと、全く知識がなかった法律を勉強して愕然とし、被害者の声を
届けるために奮闘したことなど、一つ一つの言葉が本当に重く感じられた。
最後に書かれていたこれからは3人の十字架を背負って、素晴らしい家族を持った
誇りと感謝の気持ちを持って、新たな人生を歩いていく、との決意には、思わず涙してしまった。
ただ、ここであえて言いたいのは、死刑のあり方である。
私個人としては、元来悪い人間はおらず、必ず再起出来ると考えており、
また、どんな理由があろうとも、人が他人の死を決めることはやってはいけないことと
思っており、死刑には反対である。
来年から、裁判員制度が始まり、一般の人も裁判員の一人となるが、
一般の人だと、どうしても被害者感情を重視した判断となりがちである。
もちろん、この制度の導入の目的のひとつが、一般人からは遠い世界である司法を
より身近なものとし、判断にも一般人の感覚を取り込んでいこうということであるから、
一般人として判断していけばよいと思うが、感情に流されず、冷静な評価が必要である。
また、それにあたっては、マスメディアの影響力も大きいと思われ、
テレビ、新聞等の報道の仕方もより公正なものが求められるし、
一方、読者、視聴者としても報道を鵜呑みすることなく、自分の目、考えでとらえる力を
身に付けていくことが重要である。