「どうぞ.」





そう,初めて家に行ったときと
変わらぬ笑顔の幸人がいた.




必死に涙をこらえた.





部屋にはもう何もなく
がらんとしていた.






だけど,そこは
音楽があって
明るさが戻っていた.



お互いに,
会わなかった期間も
辛かったこともなかったかのように
他愛もない話をした.




そう,この横顔,好きだったんだ.
この笑顔で恋におちたんだ.



そう思った.





ただ,もう,
触れることは出来ない.





料理を持ってきたことを話すと
すごく喜んでくれた.





「俺,ホント樹里ちゃんの料理,
すごい,すごい,好きだった.」



そういって,多めに作っていたのに
全部食べてくれた.









「俺ね,知り合いの
アパレルのプレスとして
働くことになったんだ.
前の店のスキル買ってもらって.

今,ホント思うんだ.
きつい時期あったけど
あの時店やめてよかったよ.」


その一言が
ずっと聞きたかった.



私がいた時間は本物だったんだって.




その決断をしたときに
そばにいたのは他の誰でもない.
私なんだって.



二人を裂いたものの
一番大きな理由だったものが
幸人の未来に
いいものであったって聞くことが出来て.



帰るまで,泣かない.


そう決めていた.
笑顔の私を覚えていてほしいから.




ここを離れる最後の日に
一緒にいようと幸人が選んだのは
私だから.














もう,それだけで十分だった.


ここを離れる決心をして
それで笑顔になれて.
最後に会えただけで....






もって帰る私の荷物を取ろうとした
幸人に




どうしてももう一度触れたくて

背中に手を伸ばそうとした.



その時...













後を向いた
幸人のTシャツから見えた腰には
タトゥーが入っていた.

その柄の中心に
一瞬だけ見えたその文字.






















   




Julia























目を疑った.


彼がいつか入れたいと言ったタトゥー.
そして,
「誰にも見えないところに,
秘密をいれたいんだ.」

そう,いつか話してた.


そこに書いてあった,














私がいつか呼ばれてた名前.



















大地君がジュリアって言った意味がやっとわかった.
彫師をしてる,彼が彫ったからなんだ.





涙をこらえるのに,精一杯だった.



私に一言も言わなかった.



私の名前をいれるなんて.




私が見えたとは知らずに
幸人は楽しそうにしてる.










目にその文字が焼きついて
離れない...







でも,どうしても,
そのことは言えなかった.









ふざけたふりして
お互い写真を取り合った.















お互いの気持ちがわかっていても,










あの関係に戻ることは







きっと









二度と,




ない.











「またね.」






最後はそう言って別れた.





そう,また会える関係なんだ.




帰りのバスの中,
彼の匂いのする荷物を抱えて.


胸が苦しくて,
張り裂けそうだった.


















人生最大に
愛した男.

















やっぱり,
一人になると
涙が溢れた.





バスの中できっと
おかしな子に見えたかもしれない.





けど,だけど,







今でも,本当に全部覚えてるよ???





初めて会ったドアを開けた幸人.





ナオ君をごまかして別れた時の顔.





初めて家に行った時の話.





一緒に居るだけで幸せだったこと.




些細なことで笑いあったこと.





仕事でつまづいたときの
それでも前に進もうとしていた時のつらそうな顔.






すれちがったときの驚いた顔.





再開した時の穏やかな話し方.






そして,目に焼きついて離れない
Juliaのタトゥー.





全部,全部.












そして,
やっぱり,どうしようもなく
幸人が好きだった.











でも,大丈夫.


これで私の夢は全部叶った.





これからは
ちゃんと前に進めるよ???








ナンデだろ??
つらかったときあったのに
楽しいことしか感じてなかった気がするんだ.







本当にありがとう.





















これが最後で,



これが始まり.














今泣いている私の涙は
でも,今までの
どれとも違う涙.



安心もしたし,
寂しくもある.







家に帰るまでに
見上げた星空は
本当に綺麗で,
一生この星空を忘れることはないと思う.




見上げれば,つながっているから.




家に帰ってきて,
彼のショップの袋に入れられた
荷物の整理.



ピンクの歯ブラシ,
シャネルのメイク落とし,
携帯用のスワロのアトマイザー,
VictoriasSeacretのパジャマに
ゼブラ柄のシュシュ.



すべてが懐かしかった.

入っていた袋をたたもうとすると
何かまだ,あるようだった.

「これで全部のはずだけど...」


中には彼のショップのギフトの袋.


震える手で開けてみると
一目でわかった.




「展示会中ずっとこれ樹里ちゃんに
似合うだろうなって考えてたんだ.」





そう見せてくれていたバングルそのものだった.






その裏には








My dearest Julia






涙が止まらなかった.
声を上げて泣いた.








幸人と出会えてよかった.









心配したみんなが会いにきてくれた.












「意外と大丈夫で安心したよ.」

そう笑顔で言ってくれた.






「とにかく,会いたかったからさ.」


「よかったよ.
嬉しい.」



優衣が泣き出した.





「でも,
幸人の気持ちはわからないよ?
ただ,気まぐれで荷物返そうって思っただけかもしれないし.」







そう,強がってみた.




「なにいってんの.
樹里だってなんの気ない顔して
明るいフリして会ってきたんでしょ?
きっと幸人君も同じだよ.」






「そっか.」












でも,本当に,会えたんだ.




















神様,
ありがとう.













私の欲張りな願い,
全部叶えてくれて.






そして,友達っていうポジションまで
おいていってくれた.






本当にありがとう.









願ってれば叶うんだ.



その事実は
私を本当に強くした.









「やっぱ女友達は,最高!!」
そう,美奈が言った.







「うん!!!
私の理想のオトコ最高!!!」





そう,笑い合った.





ありがとう.
幸人.










私を幸せにしてくれた人.





「ジュリア?」





何度その声を待ち続けただろう??






気がつけば頬を涙が伝っていた.





青すぎる空がまぶしくて目を瞑った.








「幸人??」







「樹里ちゃん?久しぶり.」







初めて笑ってくれたときの
穏やかな声.


声にすべてを集中させたくて
目を開けることさえ出来なかった...





電話越しには
初めて出会った時と同じsing02が
流れている...






「久しぶりだね.」





私はこの2ヶ月以上の辛いことが
何にも聞こえないように,
明るい声でそう答えた.







「明日,ここを離れるんだ.
その前に,どうしても連絡したくて.」







「うん.」





長く話すと,泣いてるのがばれてしまう.






「引越しも済んでさ.
樹里ちゃんの荷物,まだあるんだ.
今日,会いに来れないかな??」






「大丈夫だよ.夜には行くね.」





「うん.待ってる.」







そう,言って電話が切れた.








どうしよう...


幸人に,会える.






春服,買っててよかった.


自分を頑張ろうと,
ネイルも肌もちゃんと手入れしててよかった...




一番きれいな自分でいれるように.

そう,思ったけれど,
化粧より先にしたのは
最後の料理.





ここを離れる最後の食事が
私の手作りであってほしい.




泣きながら,

優衣達と連絡を取りながら,
最近の一番の自信作を作った.







miumiuのピンヒールに
YSLのバッグ
ラインが綺麗で一目ぼれした
BCBGのワンピース.


最後に,MACのグロスと
CHANCEは忘れずに.






「最高の笑顔で行っておいでドキドキ」



そうくれた優衣のメールをお守りに

私は幸人の家のチャイムを押した.
本当に,会えた.


一瞬だけでも.



これが最後の姿になるんだろうなって思った.
でも,こんな私に神様が叶えてくれた願いだから...

やっぱり,友達になろうなんてちょっとあつかましすぎる.


次のちゃんと向き合える人,探さなきゃ.




「優衣,今週の火曜日暇?」

「ん~.火曜日は祐介と遊ぶから無理.」

「そっか.じゃあ,適当に約束入れよ.」



そう言ったら,
優衣の表情が変わった.





「樹里,いい加減にしなよ!!!
私もう,黙ってられない.
さいきんのアンタあんまりだよ.」


初めて聞いた優衣の
こんな声.


「それで楽しそうにしてるなら,
私は何にも言わない.
そんな時期もありかもねって
私も紹介だってしてあげる.
寂しい気持ちだってわかるから.

けど,なによそれ!!!
鏡見てみなよ!!
自分でやったことで
自分が苦しそうにしてるってどういうことよ!
こんなことしてたら
いつか後悔するよ.
幸人君,どう思うよ??

ちゃんと,前向いて,
向き合いなよ.」




穏やかな優衣が
怒った顔を見るなんて.


何も,言えなかった.
そう,私はまったく楽しそうな顔なんてしてなかった.




「私,明日になって
聞いてないフリとかしたら許さないからね!!!」


そして,
優しい顔になって言った.

「心配,なんだよ?
また,あのキラキラしてた樹里に戻ってほしいの.」


「アリガト.怒ってくれて.
一人になるの,ずっと逃げてたんだ.
私は傷ついてるからいいんだって.」



「ちゃんと,前向かなきゃ,
向き合ってくれる人さえ逃しちゃうよ??」



「うん.」




優衣に怒られて,
目が覚めた.




「真理奈が来るまで
しばらく反省しなさい.」

そう言って優衣は帰っていった.



私は本当に,
最近の出来事を
キッチンでタバコを吸いながら考えていた.


そう,
どんな男といても,
相変わらずの過食嘔吐も直ってない.

はげかけたペディキュアが
自分と重なった.
ラインストーンなんて
とうの昔になくなっていた.



way to loveを口ずさんだ.



「やっぱり好きなのは幸人なんだ...」



遊びに来てくれた真理奈に今日のことを話した.


「私も,思ってたんだ.」


そう,真理奈が言った.

真理奈は何があっても,
温かく見守ってくれている.

そんな真理奈さえも,
困らせてしまっていた.



「みんなで
すごい,心配してたんだ.
樹里,このままで大丈夫なのかなって.
でも,辛さもわかるから
無責任にやめろなんていえないし.」



「ごめんね.
怖かったんだ,
一人になって
もう,誰も繋がることが出来なくなってしまったら
どうしようって.
今度こそ私,
だめになるかも知れないって.
毎日,ただこなしていけば
何か変わってるんじゃないかって信じてさ,
いろんなことに目をつぶってた.」



また涙が頬を伝っていた.



どうでもいい人といるときは
涙も流さなかったことに気がついた.



「私たちはいるよ?
絶対に.
だから,一人なんてならないからさ.
みんな,不安で怖いよ.
でも,何か信じて,
自分変えてかなきゃ!!
自分が変わらないのに,
周りは絶対変わらないから.
また,笑ってよ?
そして傷つくなら,
幸人君本人に傷つけばいいじゃない.」



「ありがとう...」




また,みんなに救われた.
幸人に傷つけられるのが怖くて,
他の男に傷つけられたことにしようとしていた
汚い自分がいた.


「みんなにもっと素直に頼ればよかった.」


「そうだよ.
頼られないのも,
寂しいんだからさ.」




そう,言った真理奈は強くてきれいだった.


彼女も,深い恋愛をしてきた人.
だから,こういう言葉がしみるんだって実感した.




「私,こんな生活,もうやめにする!!!」




そう,決めた.




次の日から決まってた
約束も,すべてキャンセルして,
一人になる覚悟をした.



なんか,そしたらすっきりした.



本当の友達だったら,
こんなことで切れはしない.





やっぱり,幸人と会って
話がしたい...





そう,心から思っていた.
逃げ続けた本心だった.




思った以上に,
一人はいろんなことに
気づかせてくれる.

別にどうでもいい約束だったんだって
実感した.





また,ちゃんと笑えるように.
そのために
頑張っていこう.





そう,もうすぐ,
幸人はここを離れる...






それまで,
お願いだけはしていよう.





喫煙所に行く度に
見上げる空が
離れた幸人とも繋がっているから...





そんなことを考えていた休憩時間,




携帯が鳴った.




「幸人......」