お店恒例の夏のイベント感謝祭。

フライヤーを作成。

音楽にも馴染んできたけど

やっぱり、こういうのが

自分には向いてる気がする。



気が向けばLIVE REPORT



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ヒロミ・キクオカ(vo ,g ) 中浩美(pf ,fl ) 井手野敦(per )


今夜はお客様もほどよくいらして

お店が一家族のような和気藹々ぶりで

皆様寛いだ様子で楽しまれていたのが

うれしかったです。


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料理やお酒が飛ぶように出て

加藤さんと二人でも

いつも以上に大忙しだったせいで

ライブ演奏自体あまり聞けなかったのですが

小野塚さんがかなり遅くなっていらしてくださり

アフターセッションで

いい演奏聞かせてもらえました。


別人のように動きまくった私

加藤さんと閉店後の反省会で大いに褒めてもらえて大いに満足でした(笑)




なんとなく孤独に身をおきたくて手元にある本を取れば「方丈記」でした。


「人を頼めば、身他の有(ゆう)なり。人をはぐくめば、心恩愛につかはる。世にしたがへば、身くるし。したがはねば、狂せるに似たり。いづれの處をしめて、いかなるわざをしてか、暫(しば)しもこの身をやどし、玉ゆらも、心をやすむむべき。

(人に依存すると自由を失う。人を愛すると心はその思いにとらわれる。世の中に順応すると身が窮屈である。気ままに生きると狂人のように思われる。いったい、どんな場所に住み何をして、しばらくの間でもこの身を落ち着けほんの一時でも心を休めることができるのであろうか。)」


鴨長明。

三界は心次第で執心を持つべきでないのに

閑居の風情にも執着がたてず汚れた心のままだと
最後まで自問し揺れ続けて、建保4年6月に62歳で命を終えています。


はて、執心がなければ安らかで清い水のような生き方ができるのでしょうか。
そんなことそもそも生きているうちに可能なのでしょうか。
本当にいい生き方なのでしょうか?
執着するからこそ生きている実感も生まれ

心に色があるからこそ生きる事がすばらしいこともあると思いたいです。

自然の様にさえ心揺れるからこそ、音楽や美術が生まれてくるにちがいないから。


「もし桂の風、葉をならす夕には、潯陽の江をおもひやりて、源都督の行いをならふ。 もしあまりの興あれば、しばしば松のひゞきに秋風樂(しゅうふうらく)をたぐへ、水の音に流泉の曲をあやつる。 藝は、これ拙(つた)なけれども、人の耳を悦ばしめむとにはあらず。ひとり調べ、ひとり詠じて、みづから心を養ふばかりなり。

(桂を吹く風が葉を鳴らす夕べ、「琵琶行」の潯陽江をはるかに思い、源都督にならって琵琶を弾く。それでも興趣の尽きない時、しばしば松風の音に合わせて秋風楽を奏し、水の音に合わせて流泉の曲を弾く。芸は拙いが人を喜ばせるためでなくひとりで奏し、ひとりで詠じ、ただ自分の心を慰めるためにするのだ。)」


彼は、実は音楽家、特に琵琶の名手でもありました。
京都の下鴨社禰宜長継の次男として生まれ琵琶を中原有安に学びました。

まだ、彼が隠遁していなかった頃に、一流の楽人を集めて「秘曲づくし」の催しを開き琵琶の秘曲「啄木」独奏した話は有名です。

当時、秘曲を人前で或いは自分の楽しみで演奏することは慎むべきことで彼は非難されました。

こうした世の息苦しさから解かれて、流泉、これも秘曲でしたが、を奏でる・・その心地良さはいかばかりだったでしょう。

日野山の広さは方丈という住まいでも、琴と琵琶が一張ずつ常に手元においてあったわけです。


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長明の琵琶と琴、折り琴、つぎ琵琶とあるから、分解組み立て可能の琴と琵琶
それでもきっとこの絵巻の匂宮の如くおおらかで豊かな音色を奏で

中世初頭の動乱の時代に自己を見つめ逆境を生きた長明にとって

しばし、心穏やかにすごす時間を与えてくれるものだったに違いありません。


そうそう、まだ先の長い話ですが、9月1日には、お店で琵琶の生演奏を予定しております。

三魂弦ファミリーの皆さん。
植木啓示(g) チョップ本田(g) 武田達志(Sax) 牧元秀之(b) 遠藤徳光(Ds)



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今夜の演奏、体が音とともにリズムを刻んでしまうのです。

エレキだし^^

リズム&ブルースというのだそうです。

こういうの結構好きです。

ずっと聞いていたかったのに

例の止む事なき理由にて(笑)

途中退場でした。

あ~あ。



そういえば

少し遅れてお店に入ると、いらっしゃいませ!って

演奏者の方が出迎えて下さいました。

私は、どうも初めての演奏者の方には店のものにはみえないようです。

あ!バーテンダーの加藤さんとはじめてあった時も

てっきりお客様だと思いましたっていわれました。

知らず知らず、働くぞって感じでなく遊びに行くぞってオーラがいっぱいで

店のドアを開けてるのかもしれませんね;;


朝、日差しが強くても風は心地よく身体を抜けていきます。
独りで散歩すると、いいことに出会ったりします。


今日は、珍しい二重の蛍袋をいただきました。
今度、お店の先にたくさん置いておくからって
笑ってくださいました。



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白系の関西と違って関東は色の濃い赤紫です。
ここに蛍を閉じ込めて
その透けてみえるという光を眺めてみたいなと思います。
どんな光を放ってくれるのでしょうか。


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音楽は「空気」や「水」のようなものだといった人がいます。

素敵だなと思いました。

蛍袋から仄見える蛍火を

その方お勧めの

Keith Jarrett の演奏にひたりつつ

眺めるって

今時分のチョット贅沢な時間ですよね。