「抱擁のかけら」でペネロペが絶賛されている。
元々好きな女優なので、見てみたい。

ふと思い出す。

最後にセンセイに会った時、先生が寄稿している雑誌を2人で見た。
そこに、この「抱擁のかけら」が載っていた。

センセイと見にいきたいな。。。

そんな欲求が生まれる。

ちょうど御礼のメールを書く必要がある。
そこに一言、添えようか?

でもきっと、センセイのブログに度々出てくるイニシャルは、センセイの恋人ではないか?
そもそも私なんて、センセイにとっては恋愛の対象になんてなり得ないくらい、ただの「子供」なのではないか。

そう思うと、怖くて書けない。


そんなことを思いながら眠りに落ちると、私はそこでもベッドに入っていた。
でも、壁はグリーン、赤い家具。
それは「抱擁のかけら」のポスターにもなっている部屋。

そこで私は大きなアザラシにもたれついて、暖を得ていた。

大きなアザラシは、体だけじゃなくて、心の中もあったかくしてくれた。

今年初めの名曲探偵アマデウスなう。


ブラームスの「交響曲第一番」

メモ代わりにブログを書く。


ちなみに華道界の跡目争いというのが今日のストーリー。

急死した家元の長女と、一番弟子のどちらが後を継ぐか。。。

相談者の娘は、一番弟子である男性にこの曲を渡されたそうだ。



この曲だできた当時、ブラームスも跡目争いに巻き込まれていた。

なんと、ベートーヴェンの跡目。



当時ベートーヴェンの残した音楽をどう発展させていくかということで、「絶対音楽派」と「標題音楽派」の争いが起きていた。


「絶対音楽派」はブラームスやハンスリックなどが中心。

ベートーヴェンの形式美を重んじ、「運命」のような作品を追求していた。


一方「標題音楽派」はリストやワーグナー中心。

文学や絵画など、ありとあらゆるものを巻き込んだ総合芸術を目指し、「田園」のような作品を目指していた。


「標題芸術派」は、リストの「交響詩」の発明や、ワーグナーの歌劇、特に「ニーベルングの指輪」などで、早くから頭角を現していた。

一方、慎重に交響曲を練ってきた「絶対音楽派」であるブラームスが満を持して発表した作品。


それが、「交響曲第一番」。


一部、「運命」に似た旋律が出る。

これはまさに、ブラームスが「自分こそベートーヴェンの後を引くものだ」という宣言でもある。


またシューマンの妻、クララへの愛情も作中に現れる。


シューマンはブラームスの師匠。

師匠の妻に対して、ブラームスは一生をかけてプラトニックな愛情を注いでいたそうだ。

特にシューマンの死後、二人はかたい愛に結ばれていた。


そういえば、最近映画にもなっていたよね。


第四楽章で、アルペンホルンが出てくる。

すごく強くて情熱的な音で。


これはクララと廻ったアルプスへの旅の途中で、実際に二人が聞いた楽器だという。

クララは、この曲の発表の際に、まさに自分へのメッセージを感じたに違いない。



そして最後に、今後は「喜びの歌」にも似た旋律が出てくる。


始まりに重い旋律「運命」。

そして最後に「歓喜」。


この苦しみから歓喜へ、、、という音楽哲学こそ、ベートーヴェンのDNAと言えそうだ。


もしこの曲がなくて、「標題音楽派」が一人勝ちだったら、、、

後のベートーヴェン解釈は違ったものになっていたかもしれませんね。


ブラームスがいて、良かった(笑)