「命は地球よりも重い」なんて言葉を耳にしたことがある。
日本では死刑制度が導入されており、欧米諸国ではこれを悪習と非難しているが
これは命が地球よりも重いからなのかと考えた事がある。
三年程前にようやく導いた私なりの結論は・・・
「命は誰にでも、たった一つしか無いのだから大切にするのであり、その実際価値はほぼゼロ」である。
唯一無二のものほど価値が上がるものではあるが
それは例えば路上に落ちている石ころ一つとってみたところで
その形状や構造自体は、他に全く同じものがないという意味においてと同じ意味である。
石にもそれぞれ種類があり、宝石の類には特別な価値が付いたりする。
ダイアモンドやエメラルド、ルビー等。
これらに価値をつけたのは人間であり、石単体の価値はほとんどゼロに近い。
つまり、本質的な価値という意味においては、人間の命も石ころもほとんど変わらないということになる。
「命の価値」というのは、本質的な価値ではなく
付随価値とでもいおうか・・・いわば相対価値である。
それは、その命を所有する人間の「生き様」そのものが付随価値にあたると考えられる。
画期的な発明をした者、善政を敷いた者、国を救った者、世界に貢献した者・・・
周囲に居る人間の評価によってこそ、その人の命の価値は無限に上がる。
だから、みだりに人を襲う者、みだりに命を奪う者、国を腐敗させる者の持つ命の価値は相反して低下する。
まとめていうと
命は誰にでも、たった一つしか無いのだから大切にするのであり
それ自体が持つ価値はほぼゼロである。ただし、相対的な評価により、価値は常に変動している。
この考えがいつしか変わる日が来るのだろうか、と 自分に問いかける。
より納得のいく答えが得られるだろうか。
未来の自分の意見を聞きたい。