先日、保育士の友人と話していて気づきがありました
子育てっておしなべて大変なのに助けて、
手伝ってと言えないのはなぜなんだろ???
みんなやってるのに。とか
このくらいきっと当然なんだ…と
自分の辛さ、大変さを人と比べてるからなんだろうね、と
古紙回収のチラシ見つかっちゃった…
辛い時、苦しいときにがまんしちゃうこと
ありますよね。
自分よりもっと大変な人もいるのに。とか
自分が好きで選んだ道なんだから。とか
こんなんで弱音はいていたらダメだ…
のように思うこと、私もあります
他の人はあんなにがんばってるのに
私は全然できてない
このくらいで疲れたとか言ってちゃダメだって
周りとくらべて自分を追い詰めてたりします
でも、そもそも感じたことを人と比べること自体ナンセンスですよね
感じたことに間違いはないし
ましてや人と比べることに意味はない
感じていることを否定するのは
感じちゃダメだって蓋をして
無視(=見て見ぬふり)をしてることです
感情は自分のものだから
一人で引き受ける必要があります
一人で引き受けるって言ってもそれは
がんばるってことでもなく
我慢するってことでもなく
感じ切るということ
カウンセリングでもよくいうのですが
こんな風に思っちゃいけないって
閉じ込めるのが一番よくありません
感情はエネルギーなので
感じきったらおわり
でないと、無視された昇華されない感情が
仲間を引き連れてどんどんやってきます。
2歳児の見て見てと一緒。見るまで言い続けるやつ
使い切る感覚でその感情にどっぷりつかる
そうするとそのフェーズは終わります
そして、またやってきても感じきるだけ
その繰り返しです
私の場合はこう
「はぁー疲れたぁ」
↓
そかー疲れたね
がんばったねー
「でも、もっと大変な人もいるんだから
疲れたなんて思っちゃダメだよね」
↓
そっかぁ、そう思っちゃダメだって思ってるんだね
「もっと頑張らなきゃ」
↓
そっか、もっと頑張らなきゃって思ってるんだね
どこまでも、どこまでも
出てきた感情に付き合ってあげる
肯定してあげています
そして、理想のパートナーがいたら
何て言ってほしいかな
言ってもらいたい言葉を自分に言ってあげてます
「とってもよくがんばってると思うよ!
シングルで大変なことも多いのに
いつも楽しく暮らしてるし
幸せを見つけるの上手だよ?
子どもたちの心に寄り添って
よくよく自分とも向き合ってるじゃない
えらい、えらい♡」自分で言ったっていいんだい!
そして
感情は自分だけのものだからこそ
分かち合うときの
喜びがはんぱないんだってことにも
気がつきました
たとえば学校祭や球技大会のように
みんなで作り上げるものなど
終わった時の感動ったらないですよね
自分だけのもののはずの感情を
分かち合ってるからこその感動です
結婚の誓いにもあります
富める時も貧しい時も
喜びの時も悲しみの時も
これも感情の分かち合い
労り合い、共有することでの愛です
辛いとき、苦しいとき
辛いね、苦しいよね、悲しいね
わかる、わかる。って言ってもらえると
とっても心が穏やかになりますよね
自分だけのものだからこそ
共感や分かち合いで
循環させる
そして忘れちゃいけない
しっかり堪能する(=感じきる)
これぞ愛だなと思ったわけです
簡単だしすぐできる!
ぜひやってみてください