いづこも似た経済話は誰のせいか | ヤモリのつぶやき

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日々のニュース解説等をつぶやきます......

世界中で景気が悪い。
牽引していたBRICsの凋落が、等と言われているのだが、蓋を開けてみると実態はそれだけではない。
開発や投資、技術レベルは十分でも、消費が振るわないから作ったものが売れず、売れないから投資が空回りという悪循環。
日本のみならず世界で起きているこの問題は、グローバル経済と超国家主義に加え、IMFなどが作ってきた誤った国家政策の成れの果てだ。
アメリカはリーマンショックから復活して、苦境にあえぐ世界経済の中で一人勝ち、といった様相のイメージであるが、実態はちょっと異なるようだ。


こんな話だ。
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コラム:米経済回復に取り残された「職なき中高年」 2016年 09月 13日
http://jp.reuters.com/article/column-us-economy-jobless-older-workers-idJPKCN11I0O6?sp=true
[シカゴ 8日 ロイター] - 大不況が終わりを迎えてから6年──。経済回復のなかで、職が得られない年配の労働者は、忘れられた物語である。
米国の雇用主は毎月、多くの新規雇用を創り出しているが、仕事を求める数多くの中高年労働者は職にあぶれている。
こうした問題は経済データからも明らかだ。その最も重大な原因の1つが年齢差別であることもまた明白である。
米労働省が2日発表した8月の米雇用統計を見てみるといい。一見したところ、雇用見通しは底堅いように見える。失業率は前月と変わらず4.9%であり、非農業部門雇用者数は前月比15万1000人増加。6,7月においても、それぞれ27万以上の新たな雇用が生まれている。
55歳以上の失業率はさらに低く、3.5%だった。だが、この数字にだまされてはいけない。米ニュースクールのシュワルツ経済政策分析センター(SCEPA)の分析によると、フルタイムでの雇用を望むがパートで働いている人や、最近になって職探しをあきらめた無職の人を加えるなら、先月の55歳以上の失業率は8.7%に上る。
さらに、4週間以上にわたって職探しをあきらめた人を加味すると、失業率は12%にもなるという。別の観点から見ると、米国では中高年250万人が職を求めているが、得られていないということだ。
年齢差別は、1967年に制定された雇用における年齢差別禁止法で禁じられている。同法は、40歳以上の求職者や雇用者を年齢によって不利に扱ってはならないとするものだ(従業員20人以上の雇用主に適用)。米雇用機会均等委員会(EEOC)に寄せられる苦情の大半は、雇用よりも解雇に集中している。これは単に、雇用における差別の方が証明しづらいからだ。
全米退職者協会(AARP)による2013年の調査では、中高年労働者の3分の2が、職場で年齢差別があると考えていた。

<差別の証拠>
カリフォルニア大学アーバイン校とテュレーン大学の経済学者が行った最近の調査では、雇用における年齢差別、とりわけ年配女性に対する差別が実在する強い証拠が明らかとなった。同調査は、求職者の年齢をほのめかす情報を含む架空の履歴書4万人分をさまざまな職種の募集に送付し、連絡の有無を調べた。
その結果、管理職に応募した49─51歳の応募者に連絡がある確率は、若者と比べて29%低かった。64歳以上に至っては、47%も低かった。
また別の各調査からは、55歳以上の女性の長期に及ぶ失業率は、男性よりも数ポイント高いことが示されている。
とはいえ、年配男性、特に高等教育を受けていない白人男性も窮地に立たされている。労働経済学者でSCEPAのセンター長を務めるテレサ・ギラルドゥッチ氏によれば、在職期間に関する政府データから、それは明らかだという。現在の雇用主の下で、高等教育を受けていない(高卒以下)55歳以上の白人男性の在職期間の中央値は、2012年から2014年までの間、17.7年から16.7年に低下した。一方、他のすべての年齢層の在職期間は上昇していた。「最も多くのものを失っているのが、高卒の白人男性だ」と、ギラルドゥッチ氏は語る。
労働需要が拡大し続ければ、雇い主はそれほどえり好みしなくなり、中高年労働者の雇用機会も増えるようになるはずだ。しかしそれは賃金が大幅に上昇するまで起きることはなく、現在の回復状況においてはまだ実現していないと、ギラルドゥッチ氏は指摘する。
また同氏によれば、「賃金と低失業率との関係が一段と弱くなっていることに経済学者は驚いている」という。実際7月は、55─64歳の正規雇用者の29%が、同氏いわく「悪い仕事」に就いていた。つまりそれは、同年齢層における賃金の中央値の3分の2未満しか稼いでいなかったことを意味する。
また、 中高年の離職者が新しい仕事を見つけたとしても、大体は前職での給料の約75%しかもらえない仕事に就くのだという。
このような所得の崩壊は、老後プランを台無しにさせる。米従業員給付研究所(EBRI)の調査によると、現在の退職者のほぼ半数は、予定よりも早期に引退している。また、ボストン大学の退職調査センターによれば、会社都合で解雇された中高年労働者の6割は、仕方なく引退している。
所得が10年間断たれ、引退に追い込まれれば、将来もらえる給付金が減ってしまう恐れがある。また、手当を早期に申請することを余儀なくされ、生涯給付が急減する可能性もある。一部の労働者、特に子供が巣立っている場合、退職への準備は老後の蓄えを取り戻すチャンスでもあるが、収入が止まってしまえばそもそも始まらない。それどころか、無職の中高年は、貯金に早く手をつけてしまう可能性が高いのだ。
では、年齢差別にどう対処すべきか。この問題を解決するには大きなムーブメントが必要だと、「This Chair Rocks: A Manifesto Against Ageism」の著者であるアシュトン・アップルホワイト氏は主張する。「女性運動のようなものが必要」だと、同氏は指摘する。そうした運動は、無能だと思われたり、人より給料が少ないといった個人的な問題が、実は集団行動を必要とする広く共有された政治的問題であるということを、人々に認識させるのだという。
さらに、年齢に対する偏見と闘う運動は、中高年労働者だけでなく、若年労働者をも助けることになると、同氏は言う。
「年齢差別と闘うということは、あらゆる年齢の人たちと友だちになり、もし差別に遭遇したら、それを指摘することだ」と同氏は語る。「それは年齢を超えて力を合わせることだ。年配者を宇宙人や他者とは考えずに、1つのグループ、未来の私たちだと捉えることだ」

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中高年労働者よりも若い労働者なら人件費も減らせるし快活だしと、雇用者は好む傾向が強い。
これが、差別という形になっているのだ。
日本と若干異なり、アメリカでは就職と再雇用がかなりテンポよく行われる。
レイオフも頻繁だし、再雇用も闊達だからバランスが取れているわけだ。
そこで、中高年を雇わない状態になれば、バランスが崩れてアメリカ経済がおかしくなってしまう。
これらの雇用差別も、一度苦境でレイオフしまくって復活して再雇用という時に起こりやすい問題で、法律で縛るべきだ。

 

結局、アメリカという畑が青く見えたところで、やはり世界中が枯れ果てた状態なのである。
この問題、先進国の一般国民に仕事とお金を与える、ということで解決するのだが、理解に乏しい模様だ。
そうして、ベーシックインカムのようなお金をあげる方向に流れる。
ロジックとして適正でも、人間の気持ちとして、楽しく働いて給料をもらい、楽しく生活するというのが重要だと思うのだが、そこに思いは馳せないらしい。

 

先だって炎上したNHKの貧困の件も、実際に貧困を経験している人からすれば、全くもって貧困でも何でもない生活だからだろうし、それだけ貧困にあえぐ人が多いからこそ、炎上しているといえる。
実際、筆者も炊飯器がエライボロくて買い換えたいのだが、できるだけ安いのを探すのにヤフオクを漁っていた。
そういう身からすれば、外食三昧できたりするだけで、ちょっと経費のかけ方がおかしいよね、となるのはよく分かる。
「貧困」ネタでニュースをググると、出るわ出るわ、トレンドなのかというくらい出てきて、アベノミクス効果も道半ばどころか、といった様相だ。
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https://www.google.co.jp/search?client=opera&q=%E8%B2%A7%E5%9B%B0&sourceid=opera&ie=utf-8&oe=utf-8&channel=suggest&gws_rd=ssl

あるいはこんなネタ。ちょっと長い。
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これが本当の「貧困」だ! 女子高生バッシングで分かった日本社会の闇 大内裕和(中京大学教授) 2016.09.11
http://www.zakzak.co.jp/society/domestic/news/20160911/dms1609111629009-n1.htm
NHKニュースの貧困高校生報道に対して、大きな反響がありました。シングルマザーの家庭で母親の仕事がアルバイトであり、パソコンが買えず、希望する専門学校への進学を費用負担の大きさのためにあきらめたこと、などが報道されました。
これに対して、放送に自宅にあるアニメグッズなどの趣味の品々が映ったり、放送後に特定されたツイッターによって、高校生自身が昼食1000円のランチを食べたり、好きな映画を観ていたりしていたことが判明し、「あれでは貧困とは呼べない。貧困のふりをしているだけだ」「好きな昼食や映画を楽しんでいるから、支援の必要はない」などのバッシングが、ネットやツイッターなどのSNSにあふれました。

ここには第一に、相対的貧困への無理解があらわれています。報道に対して「貧困ではない」というバッシングは、貧困とは収入が全くなかったり、食べるものや住むところがなかったりなどの窮乏状態を意味するという認識に基づいています。こうした窮乏状態のことを絶対的貧困と呼びます。

この絶対的貧困を認識し、解決していくことは大切な課題ですが、これだけでは先進諸国の貧困を問い直すことはできません。この絶対的貧困に対して、その社会での標準的な生活ができない状態のことを相対的貧困と呼びます。日本を含む先進諸国は、この相対的貧困を貧困の指標としています。日本の「相対的貧困率」は、16.1%と公表されています(2012年厚労省「国民生活基礎調査」)。日本社会では現在、約6人に1人が貧困状態にあります。シングルペアレント(母子・父子家庭)の貧困率は54.6%と、非常に高い比率になっています。
相対的貧困とは、仕事はあるものの非正規で低賃金であるために希望している結婚や出産ができなかったり、普段食べることはできても学費が払えないために大学や専門学校への進学をあきらめるなどのことを指します。一見、普通の生活をしているように見えても、その社会での標準的な生活ができていなければ、貧困であると見なすのです。

2015年度の大学・短大進学率は56・5%、専門学校進学率は22・4%ですから、合わせて高校卒業後に78・9%が進学しています。アルバイトで働くシングルマザーの子どもで、同世代の約8割が可能となっている進学をあきらめなければならないのは、相対的貧困に当てはまる可能性が極めて高いといえるでしょう。

また、集団への同調圧力が一人ひとりに過剰にかかっているのが、日本社会の特徴です。経済的に貧しい人々にとってそれは、無理をしてでも「中流」生活に自己を適合させる行動様式を生み出します。スマホ所有や趣味、消費行動などを周囲に合わせなければ、自分が排除される危険性があるからです。「中流」への同調圧力が強ければ強いほど、相対的貧困は見えにくくなります。

この相対的貧困について、「一億総中流」幻想も災いして日本社会の認識は極めて不十分であり、貧困問題への誤解を生み出しています。相対的貧困は一見分かりにくいものですから、それを捉える側に客観的な事実認識と豊かな想像力が必要です。貧困報道バッシングの多くは客観的な事実認識と想像力を欠いており、相対的貧困への無理解を露呈したものでした。当事者である高校生へのバッシングは卑劣な個人攻撃であり、重大な人権侵害です。
第二に、新自由主義政策によって社会に蔓延する自己責任論と中間層の解体です。1980年代に始まり、1990年代以降に浸透した新自由主義は、人々の思考や行動様式、メンタリティに大きな影響を与えました。新自由主義グローバリズムと雇用の規制緩和によって、派遣、契約、パート、アルバイトなど非正規雇用の比率が高まり、不安定な仕事が急増しました。正規雇用労働者でもブラック企業や長時間労働に苦しんでいる人が多数います。高校生や大学生も、「学生であることを尊重しないアルバイト」であるブラックバイトに苦しんでいます。

雇用の安定性が大きく奪われたのが、現代日本の特徴です。人々の生活を支えてきた日本型雇用が解体することによって、多くの人々は「自分の身は自分で守らなければならない」と考え、その感覚を強固に内面化するようになりました。

そもそも日本社会において新自由主義が浸透したのは、それまでの高度経済成長の歴史が影響しています。「頑張れば何とかなる」という努力主義と成功体験が、新自由主義を支える自己責任論へと引き継がれることになりました。

しかし、高度経済成長期の努力主義は頑張ることで「それまで以上の豊かな生活」が期待できたのに対して、現在は「頑張らなければ生き残れない」状況へと悪化しています。中流生活からの脱落におびえ、その恐怖と自己責任論に日々、痛めつけられているのが多くの人々の日常です。

貧困層の増加と同時に、中間層の解体が急速に進んでいます。中間層から振り落とされそうになっている人々の生活は、貧困層に同情したり、共感する余裕を失いつつあります。「生き残り」のための自己責任論を強く内面化している人々が、他者の貧困の苦しみに同情し、共感することは容易ではないでしょう。そして、自己や他者の貧困を、自らが声を上げたり、社会に働きかけることによって解決しようと考えることは、さらに困難であるに違いありません。
貧困高校生報道への多くのバッシングには、「貧困に陥るのはその個人や家族に責任がある」という自己責任論の考え方と、貧困の是正を社会に訴えることへの「いらだち」があらわれているように思います。このいらだちが貧困高校生報道に向けられました。自己責任論に依拠するバッシングは、相対的貧困に苦しむ高校生からの訴えを封じ、貧困報道を委縮させる危険性があります。

求められているのは相対的貧困への理解を深め、貧困層の増加と中間層の解体を同時に阻止する社会保障の枠組みを提示することです。高度経済成長時代に人々の一定の生活保障の役割を果たしていた、終身雇用と年功序列型賃金を特徴とする日本型雇用がここまで解体した以上、それは必要不可欠な課題です。

過度な自助努力を強制する新自由主義政策を転換し、所得の再分配政策と社会保障の枠組みを提示することが重要です。それがなければ、人々はますます自己責任論へとからめとられやすくなるでしょう。自己責任論が蔓延し、自助努力がこれまで以上に求められれば、貧困層の増加と中間層の解体・縮小はさらに進みます。それらが進めば民主主義は危機に陥り、経済や社会が衰退することになります。

今回の貧困高校生報道バッシングから私たちが学ぶべきことは、相対的貧困を認識してその解決を目指していくこと、そして自己責任論の罠に陥らないことだと思います。
■大内裕和 昭和42年、神奈川県生まれ。東京大学大学院教育学研究科博士課程をへて、中京大学国際教養学部教授。専門は教育学・教育社会学。

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概ね同意だ。
特に女子高生を叩きまくるのはかなり問題だ。
貧困問題自体が本質からズレてしまうのだ。
おそらく、このヒントはこちらの記事にある。
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55歳元金融屋が貧困生活に転落した深刻理由
貯金ゼロ、年収は800万円から280万円に 2016年09月12日 藤田 和恵 :ジャーナリスト

http://toyokeizai.net/articles/-/133939
以下抜粋
ノルマ、ノルマ、ノルマ
転職回数が片手では足りないというリョウタさんに、これまでに就いた仕事について尋ねると、こう切り出した。
「ノルマ、ノルマ、ノルマ――
どこの職場でも無理なノルマをこなそうとして体調を壊したり、解雇されたりの繰り返し。50歳を過ぎて行き着いたのが、夜間警備とコンビニのアルバイトの掛け持ちだという。

中略
こうした「頑張り」により、一時は成績優秀者として報奨金や家族旅行を贈られたこともある。しかし、体のほうがもたなかった。血尿が出たり、体重が短期間で20キロ以上落ちたり。ストレス解消のための暴飲暴食がたたったのか、40代で糖尿病になった。
結局は、体調を崩して退職するか、不適切な営業や書類偽造の詰め腹を切らされて解雇されるか――。そんな自らの履歴を、リョウタさんは「使えないヤツだと言われて無視されるのが寂しかったのかもしれない。それに、契約社員だったときは、ノルマを達成しないと契約更新してもらえないという不安もありました」と振り返る。
壮絶なノルマ地獄を渡り歩いてきたわけだが、一方でリョウタさんは取材中、何度も「僕は根っからの金融屋なんで」と繰り返した。高収入を得ていたカード会社やサラ金時代への郷愁なのか、プライドなのか。また、ノルマ達成のために「犠牲」となった人々への罪悪感もあまりないように見えた。消費者金融会社に勤務していたとき、担当していた飲食店の店主が自殺したことがあったが、そのときも真っ先に頭をよぎったのは「ああ、これで回収ができなくなってしまう」という心配だったという。彼の理屈はこうだ。

中略
確かに、派遣労働者もピンキリではあるだろう。しかし、ノルマに追い立てられ続けてきたリョウタさんが「無理筋な契約」と言うのは天に唾する物言いにも見えたし、時給2000円のうち派遣労働者が実際に手にするのはその半分ほどで、残りは派遣会社の取り分である。責められるべきは、中間搾取をしている派遣会社であり、そのような仕組みを許した社会なのではないか。
搾取される者同士が、互いに奪い合い、糾弾し合う――。派遣会社だけではない。リョウタさんの来し方から、そんなやりきれない光景が見えた気がしたのだ。

以下略
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結局、余裕のない社会が少しでも高い売上を要求し、これが絶え間のない高ストレスとなって押し寄せる。
こうして体を壊したりして貧困になると、ストレスを抱えたまま貧乏を味わうことになるから、すさまじい怨嗟の声となる。
これらの声が、どこかにマトを見つけると押し寄せてくるんではないかと思うのだ。

 

こういったことが世界中で起きているかと思うと身の毛もよだつ。
原因は、誤った経済政策と、後手に回ったグローバル経済への対策などなどで、雇用が失われて一般国民が貧乏になってしまったからだ。
対策は国民に仕事と収入を与え、あらゆる手段で可処分所得を増やす、の一択であり、国家財政が、とか言っている場合じゃないのだ。
これをすることで資産家も潤うし、投資資金も回ることになる。

 

問題点はただ一点、それぞれの国家財政で赤字国債が増えまくる、というだけなんだが、これも景気が良くなると問題なく召喚できるため、本来なら問題にならない。
つまるところ、お金のしくみがわかってない方が多く、世界中の国民を貧しくしているのである。
貧乏で貯まるストレスを誰が解消するのか、どこかで炎上をした誰かへの攻撃で発散というのはちょっと切ないものがある。
経済をきちんと勉強して、たまったストレスが適正経済政策を求めていくムーブメントの力になってくれるといいのだが、なかなかそうならないのも世の中の常のだろう。
困ったもんだ。

 

 

ガンバレ!!熊本・大分! ガンバレ東北!
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