日本の政治の問題点 | ヤモリのつぶやき

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日々のニュース解説等をつぶやきます......

 治家を信頼できるか?の問いに、信頼できないと答えた方の割合は6割を超えるそうだ。
 元々、体制側というのは批判に晒されるが前提であるし国民全員から支持を得られるなんてことはないから、話は半分で考えなければならない。
 とはいえ、身近での実感として政治家に対する信頼度は乏しい。
 
 因を考えてみると、一つはマスゴミの世論誘導。ジャーナリズムは皆無で、三文ニュースさながらの論点を平然と展開する。
 本来ならこれは国民から否定されることになるが、そこは日本人の悲しさ、素直に受け入れてしまったりするから始末が悪い。
 反日勢力を内包している上に、官僚の世論操作にも加担するため、ある意味、国民の一番の敵といえよう。

 うひとつは、官僚の暴走。官僚は国政の実務を取り仕切る立場であるが、ここが政治家を無視して独走してしまう。これは組織的な問題が大きい。
 困ってしまうのは、この官僚が起こす問題まで政治家の仕業にされてしまうところだ。数多の政治家がこの官僚問題に挑戦したがもろくも敗退してきた。
 最近で有名なのは渡辺喜美氏の自民党からの離脱があげられるだろう。公務員制度改革を自民古参の族議員によってはしごを外される形になり、スピンアウトして自ら政党を作ることになったからだ。

 いわゆる消えた年金問題もこの部類。正式には「年金記録問題」という。官僚が10年間ずっとひた隠しにしてきた癖に、当時の政権(安倍政権)の官僚への圧力を回避するために自爆という手段で政権を揺さぶったものだ。問題は完全に官僚にあるが、この責任はなぜか政権に負わされることになり、政治不信を加速させたわけ。

 郵政問題などもこの部類に入るだろう。よく、年次改革要望書でアメリカに圧力を受けてムリに民営化したといわれるが、全くそんなことはない。このせいで自民党は長老・族議員の伝統的な支配を崩壊させることになり、自民党自体の弱体化を巻き起こした。必要な脱皮であったとは思われるが、一方で売国政党の要らない台頭を許し、政治を3年以上空転させる結果になってしまった。

 郵政は当時、アメリカからみれば国の保護下にある大金融機関であり、資本主義経済においては不適正であるために改革要望を出しただけだ。
 アメリカがそのお金を狙っているというのは当時の民営化を望まなかった勢力、主に財務官僚のリークでそれにマスゴミが加担したものだ。
 実際、民営化したからと言ってそのお金をアメリカが吸い上げられるかというと、そう簡単には行かないだろう。本当に吸い上げていたのは財務官僚であるから、抵抗するのも当然だ。

 財務官僚は何をしてたかというと、郵貯で高い利率を提示して、国の信頼度をバックにたくさんの貯蓄を集め、これを国民政策金融公庫などで安い利率で貸し出していたのだ。問題はこの利率が逆ざやになっていたこと。
 貸す方は3%とかで預ける方は5%とかだったから、運用するほど赤字になる。これらをこっそり税金で補填しごまかしていたわけ。一方でその差配であちこちに公団や独法を作り、そこに天下っていた。簡保などでも要らない施設を山ほど作ったりと、預かっているお金とは思えないほど勝手に使い回していたのだ。

 この恩恵に預かる官僚や政治家は郵政民営化に当然大反対をする。それで抵抗勢力、となっていたのだ。加えて言えば、民主政権になって急いで埋め戻しているのも、財務官僚が郵政を元に戻したいからなのだ。
 
 治不信の原因の三つ目は、政治家自身の問題。立候補は平等の原則の一方で、国政にふさわしくないレベルの政治家でも知名度があれば当選してしまうことだ。国政のレベルでは、アメリカなどではDrクラスの学歴をもっているのは当然で、弁護士などの本業を経て政治家になる。日本では、こういった意識は低い。

 実際の不祥事などでも、どこかの田舎っぺ大将みたいなのが訳の分からないことをするケースが後を絶たないのはこのせいだ。また、当然至極の流れのように見えることを全くできず、目が点になるような事態を招きマスゴミに突っ込まれることになるのだ。原発2030年全廃宣言時、建設中の原発や核廃棄物の問題を全く忘れているのもまさに脳が足りてない証拠だ。

 国政レベルなら最低MBA以上は義務づけたいし、日本国籍を15年以上もっているというような線引きが必要だろう。実際の衆議院被選挙権は、学歴不問/日本国民で満25歳以上であることと、供託金300万円を納められればよいという簡単なのものだ。

 つ目は、政治や選挙のシステムの問題だ。
 政治家が政治家でいるために、国政を行うという状態になっており、しかも国政なのに地方の顔色をうかがわないといけない状態だ。多くの政治家は本来の仕事以外での腐心を余儀なくされ、大衆迎合に走る。
 この問題が、政治家の首にふっとい鎖をつける原因になり、長年の弱体化と官僚の暴走を招く原因になっている。
 政治家は、ある選挙区エリアで立候補し当選して国政に参加する。この時、政治家はその選挙区エリアに予算を引っ張ってくることを期待されて得票する。何らかの国家事業関連の予算を引っ張ってきて地元を潤してくれる先生がえらい、となるわけ。

 過日、やはりみんなの党の渡辺代表のお膝元の栃木で、市議6名が党を脱退した事態があったがこの理由も、党代表が地元に目を向けてないというものだった。
 
 ここの何が問題かというと、官僚のもつ予算の采配権でもって政治家を飼いならすことになるわけだ。
 2010年に民主党の馬淵国交省副大臣(当時)が公共事業の予算配分に関する情報を民主党の地方組織に漏洩させて更迭された事件があったが、これはまさに象徴的な事件だろう。政治家にとって、地元へのお土産は次の選挙を固める意味でもものすごく大きなことなのだ。
 しかし、国政に苦慮すれば地元対応が甘くなることもあるだろう。すると次の選挙が危うくなる、となるわけ。

 この他、政治家にまとわりつく政治家の名を利用しよう/威光を借りたいとおもう人間は後を絶たないから、表に出ない膨大な経費を必要とするし、時間もなくなる。

 本来、国政の理想的な政治家とは、国政関係の勉強を常にし、法案の草案を作るなど、大量のスタッフ人件費や時間を必要とする。そんなのが一切できなくなるのだ。
 それで政治献金や裏金、地元への予算配分などであちこちからがんじがらめにされる、という次第。

 集金力の高い政治家は出世し、鳩山のように派閥にお金をばらまける財力があればちやほやされ、小沢のようによくわからないお金でもたくさん集められれば人もたくさん集まるのだ。
 地方の陳情なんて県議会レベルなのに、全部背負わされている国政政治家も不幸だ。
 したがって、国政レベルであれば、政治家は地方から引き離さないとまともに政治はできない、と思われる。
  
 つ目の最後は、投票の問題。

 支持政党はありますか?と問うと、ほぼ半数は「ない」と答える。
 選挙の直前くらいの政治家の動向を受けてなんとなく投票するため、浮動票といわれて恐れられる。政治家にとっては先が読めないために困惑するわけ。

 また、マスゴミがつけいるのもここ。
 民主党政権誕生時にはあちこちで新風として民主党を持ち上げていたはずだ。既存政党をこき下ろし政策評価はゼロ、世論誘導して民主政権が誕生したのはまさにマスゴミの仕業といえる。これらは、マスゴミの情報を素直に信じた浮動票国民が投じた結果だ。

 まさに衆愚政治の様相を呈している。民主主義であれば衆愚政治を防ぐためにジャーナリズムがあるはずだが、日本ではジャーナリズムが機能していないため、衆愚政治に陥って、偏った思想を持つ連中や特定の集団に取り込まれてしまうのだ。マスゴミがたかが野党の総裁が決まっただけで一生懸命ネガキャンをする様をみれば、これがあながち間違っていないことはわかるはずだ。

 したがって、投票のシステムを改良し、社会的な責任をきちんと反映するようにするなどの対応が必要だ。とはいえ、ここだけいじっても何も変わらない可能性があるため、立候補条件や議員削減、道州制なども含めた一体改革が必要だろう。

 先述した族議員も賛否両論あるが、専門分野の豊富な知識と人脈を持って省庁を飼いならして予算配分まで握っている狸政治家のことだ。省庁を従えるほどの力を持つため、政策の遂行には役に立つ反面、汚職を起こしたり、政策を自己都合でねじ曲げたり、利益保守のために改革を阻止するなどの問題を起こしたりすることになる。

 
 いつものように長くなった。

 戦後から日本を構成する様々なもの、憲法や基本的な法律、行政機関のあり方などの、全体的なシステムはもう古くなったといえよう。
 まるで木造家屋をたくさん増改築したようなものだ。

 新しい時代に向けて、全部を新築する時代に来ているといえる。
 既得権益にすがる連中がそれを許すかは定かではないが、いつか近いうちにそれらは必要になると思われる。
 願わくば、血を流さずになし得ればよいのだが、と思う昨今である。



 了