今から3ヶ月前に。久々、散歩で1、7キロぐらい歩いた。何故なら「世田谷文学館」に行ったからだ。電車で行こうかとも思ったが。看護師の女の子から「歩いても行けますよ。近いから、芦花公園だから」と言われたのだが、芦花公園が何処なんだか解らない。だからiPhone8の人工知能の「Siri」に聞いて見た。「Siri」はちゃんと案内をしてくれたが、何故かスマホの画面が途中で暗くなる。そうするとSiriが作動しなくなるので何遍もSiriに「世田谷文学館の行き方を教えて?」と聞くのだが。「後1、5キロですよ」としか言わないので「いや違う道順だよ」と言うと要約「解りました」と案内をしてくれて。その道を移動する度に道の点が進むので見て居たが。すぐに途中で画面が暗くなって仕舞う。その度に「Siri」に頼んでまた道案内をして貰うのだが。「何だか大分先だなぁ」と思って「Siri」の表示して居る道の地図を見て居たら、もう1、7キロは歩いたが。まだ先だ、と表示されて居るのだが。私がひょいと横の建物を何気なく見ると。「世田谷文学館」と書いてある表札が眼に入った。何だもう着いてるのかと思ったが、、

「Siri」は人工知能だけども完璧では無いし、間違えやらとっちがいもよく起こすので。まあ、まだ完全な人工知能は無理だなと思い。ベンチがあったので。そこで暫く足を休ませた。いや〜。寄る年並には勝てない。もう私も歳だ。若い頃の様には行かない。足が痛くなり腰まで痛くなる始末だ。8分ぐらい休憩して「文学館の中に入って行くと。可愛いお姉さんが居て。優しく「今日は文学館に御用事ですか?それとも「あしたのジョー展」を見に入らしたんですか?」と和かに聞いて呉れたので「そうです「あしたのジョー展」を見に来ました」と言ったら「入場料は8百円です」と言われたので、私は「あの、、障害者手帳持って居るので割引効きますでしょうか?」と言って障害者手帳を見せたら。「解りました四百円ですよ」と言われたので五百円玉を渡したら「あの、お客様。此れ百円です。」と言うので「あれ、すみませんズボンのポケットから出したので。今、5百円出しますね」と言って「間違えました」と言って渡したら「お釣り百円です」と言って入場券を貰って。

何しろ私はそう言った施設にも行く事が無かった物だから。「「あしたのジョー展」は2階ですから、ごゆっくりどうぞ。エレベーターも脇にありますから、もし宜かったらお使い下さいね。」とサービスがいいと言うか。これが普通の客に対する接客態度ですよね。私は此処の処、ロクな奴と会わなかったから。自分が尊重されて居ると思えて嬉しかったのだが。2階に行って展示してある貴重な生原稿を見始めたら。また2階の可愛いお姉さんが来て、「お客様チケットをお出し下さい」と言われたので。「あれ、すみません💦」と言って見せたら「すまなさそうに。お客様チケットの下の部分を千切って。箱に入れてくれませんか?」と言われたので「あれそうするんですか?」と聞いたら「誠にすみません。コロナの事があるので。お客様のチケットにはさわれないんです」と言われたので。

千切ってって。ただ切るのですか?」と聞いたら折れ線が入って降りますので。そこを千切れば、綺麗に切れて離す事が出来ますので。すみません。」と言われたのでそうして入れたら。「お客様、写真撮影は結構ですが。接写はお辞め下さいね。著作権の問題がありますから」と言うので「解りました。写真は離れて撮るのならいいのですね?」と言うと「そうですね。少し下がって全体的にお撮り下さい」と言われたので「十分承知しました」と言ったら「それではご自由にご覧下さいませ」と言われて。いや見ました。ほぼ1時間半掛けて。写真も沢山撮って来ました。接写はして居ません。それではお見せしますので。みなさんも原作・高森朝雄(梶原一騎)作画・ちばてつやの漫画「あしたのジョー」の原画をご覧下さい。















































色々とジョーグッズと言うかカレンダーとか本が売って居たが。私は前から欲しかった。この書籍を購入して帰って来ました。行きは可也歩くのが疲れましたが。帰りは慣れたのか、そんなに酷く足が痛いと言う事は無かったです。今、挙げた写真の他にも沢山撮っては来て居るのですが。全部は挙げられないので、このぐらいで・・・。

1968年はフランスの五月革命に代表される様に、学生の反乱が世界を席巻した年だが、歴史学者ウォーラーステインによれば、まさにこの年、近代の世界システムの不安定化、すなわちポストモダンの時代が始まった。このとき日本では、戦後マンガが一つの頂点を迎えて居た。「週刊少年マガジン」で『巨人の星』と『あしたのジョー』が同時に連載され、日本中で熱狂的な人気を博したのだ。
しかし、この二つのマンガは対照的だった。『巨人の星』が日本の高度経済成長を背景にどこまでも高みをめざす上昇志向を体現して居たとすれば、『あしたのジョー』は、そうした時代からとり残された人々の孤独な魂の飢餓を描きだして居た。世界的に右肩上がりの経済が失効した今、『巨人の星』の神話は色あせたが、『あしたのジョー』はいまだにリアリティを失わず、私たちの心を強く引きつけるものをもって居る。本書はその『あしたのジョー』の魅力の源泉を探るべく、1968年前後の時代に戻って、様々な角度からこのマンガを検討したものだ。
第一章は『あしたのジョー』の物語のまとめで、その中心には、少年マンガに珍しい<死>の主題があると論じる。死を前にした人間の実存と言う哲学的問いが、このマンガの興味の中心なのだと言う指摘には深く頷(うなず)かされる。
第二章は『あしたのジョー』が連載された時代の日本の社会史をたどり、そこに作者自身の女性週刊誌記者としての個人的な経験を織りこんで行く。『あしたのジョー』の時代の日本の姿が生々しく甦る。
第三章以降も、「少年マガジン」の編集の変遷、アニメ版『あしたのジョー』の製作経緯、原作者・梶原一騎の生涯、マンガの舞台になった山谷と後楽園ホールのルポという具合に、多彩な切り口で読ませる。その根底にあるのは、いまはもう失われたハングリーな時代への作者の熱い思いなのだ。
昭和40年代連載当時、一世風靡し、若者たちの間で聖書〈バイブル〉と評され、数々の伝説を打ちたて。社会現象にもなったボクシング漫画の金字塔であり、漫画史に残る不朽の名作『 あしたのジョー』!
本書は『あしたのジョー』について語られた評論集である。此れまでにも『ジョー』関連の本は幾度となく出版されて来たので正直またかと思って居たが、連載当時すでにジャーナリスト(社会人)として活躍されて居た著者が、ジョーが生きた昭和40年代と言う高度経済成長に於いて社会、世相、文化と言った日本が最も活気があったあの時代の証言者(の一人)として『あしたのジョー』について様々な角度から語られた内容となって居る。
第一章 ジョーはこう闘い、こう生きた
第二章 『あしたのジョー』の時代――あの5年4ヶ月を傍観する
第三章 実録・「週刊少年マガジン」編集部
第四章 アニメ版『あしたのジョー』をめぐる熱いドラマ
第五章 原作者、梶原一騎の虚像と実像
第六章 『あしたのジョー』の聖地を歩く
『あしたのジョー』と言うと、ジョーのライバルである 力石 を大きく描きすぎた事で後につながる有名な過酷な減量シーンに至った事や。ボクシングにおけるジョーとの死闘の末に勝利を収めながらも減量がたたって力石が死んで仕舞い、それに感銘を受けた読者によってジョーの大ファンである歌人・寺山修司の主催で実際の葬儀が行われた事、そして何よりも最も有名なジョーのラストシーンにまつわる挿話が主に語り継がれる伝説となって居る。
此れに関しては、今から20年ほど前に出版された(本書の参考文献に使用されている)原作者・梶原一騎を描いた傑作評伝『 夕やけを見て居た男』をおススメする。
本作はジャーナリストである著者・斎藤貴男氏が自ら当時の関係者を訪ねて徹底取材の元に完成させた労作であり、なかでも『あしたのジョー』の挿話で力石関係のエピソードは世に知られて居たのだが、伝説のラストシーンについては実は原作には無い作画のちばてつや氏によるオリジナルのアイデアであり、梶原原作のラストについて、ちばの口から初めて明かされた内容はファンにとっては衝撃的な事実だった(ちなみに最後の世界タイトルマッチの控室でヒロインの白木葉子が、ジョーに告白するシーンも原作には無い、ちばのオリジナルである事が紹介されて居る)。現在『あしたのジョー』の伝説の元となって居るのは本作の影響が大きい。
本書では、ジョーの舞台裏のエピソードが紹介されて居るモノの知って居る者にとっては一般化(常識化)されたもので些か目新しさがなく、『夕やけ』の時点でジョーにまつわる挿話は出し尽された感があるので、今さらフレッシュな情報を求める事はムリだろう。『あしたのジョー』の原作原稿がすべて発見でもされない困難だろう(ちなみに原作原稿は現在では連載数十回分が発見された)。
第二章では連載当時の時代的背景に於いて、著者の当時の生活を通して描いて居るが、ジョーと言うと「よど」号ハイジャック事件の声明文に代表される様に。当時の学生運動の最中で若者たちから圧倒的支持を受けて居た事から。時代と共に生きた漫画感の影響が強い作品だと思いました(作家の夢枕獏さんは当時大学生で『あしたのジョー』を読むためだけに生きて行く時代があったと仰って居ます)。
第四章では、アニメについて描いて居るのだが、語り口としては、結構新鮮であり、原作漫画についてはこれまで散々語り継がれるも、意外とアニメに関してはあまり語られて居ないのでこのあたりは面白く読めました。
主題歌にまつわる挿話も興味深く、ジョーと言うと尾藤イサオさんの歌う主題歌「あしたのジョー」が有名だが、他にも「力石徹のテーマ」やTV版『あしたのジョー2 』のエンディング「 果てしなき闇の彼方に」(おぼたけしバージョンも荒木一郎バージョンもどちらも素晴らしい)、『 劇場版あしたのジョー 』主題歌「美しき狼たち」、そして『 劇場版あしたのジョー2』でジョー山中の歌う 「明日への叫び」 は屈指の名曲と言っても過言ではない。
声優についてもTV版『 あしたのジョー2 』で白木葉子がオーディションで選ばれたそうだが。声を担当した田中エミさんよりも、劇場版の檀ふみさんの方が断然よかった。控室での名せりふ「好きなのよ。矢吹くん、あなたが!」を見比べるとよく分かります。
ただ、アニメに関しても関係者に取材して詳しく描いてほしかった。母体である虫プロで手塚治虫の反応はどうだったのか?とか…。
第五章では、原作者の梶原一騎に焦点を当てて居るが、このあたりは先の『夕やけ』を参照すべきだが、梶原一騎と言う人は漫画の神様・手塚治虫でも成し得なかった漫画作品『巨人の星』『あしたのジョー』を社会的影響にまで持ち上げた先駆者であった事はもっと評価されるべきだ。
読後感として個人的には物足りなさがあるものの、全体的にはよくまとめられて居るので『あしたのジョー』の初見者にはよいと思います。
『あしたのジョー』は今でも読み直すと物語の要素の上手さに感心させられる。力石が過酷な減量に挑んで居る時に、ジョーの盟友であるマンモス西は減量に耐えかねて隠れてうどんを食べている処を、ジョーに見つかり殴られる場面やラストの燃え尽きたジョーの姿も印象的だが、対戦相手のチャンピオンであるホセ・メンドーサが勝利したにもかかわらず精も根も尽き果てて。髪が真っ白でボロボロになって居る姿が子ども心に衝撃的でした。
あと、子どもの頃はジョー目線で読んで居たのですが、大人になってから師匠である 丹下段平 目線で読み返すと新たな発見があって、段平おっちゃんはジョーと出会う前は元プロボクサーだが、素行の悪さからボクシング協会から永久追放処分を受け、日々飲んだくれる明日のない毎日を送って居たのだが、ジョーと出会った事でそこから生まれ変わった様に働き始め、どんなに苦しくても、目標に向かって立ち上がる姿に感動しました。改めて『あしたのジョー』と言う作品は、此れからも永久不変に語り継がれる名作であると思います。

「もう一人の「あしたのジョー」を作った男。その名は出崎 統.....。」
2011年4月17日、出崎統(でざき・おさむ)監督が亡くなりました。享年67歳。その2年前のテレビアニメ『源氏物語千年紀 Genji』では平安時代の奔放な恋を変わらぬ激しさと哀切あふれる映像で描き出し、まだまだこれからと思って居たのに、残念でしたね。
まだ26歳と言う若さで初監督を担当したのは1970年のテレビアニメ『あしたのジョー』です(クレジットはチーフ・ディレクター/制作は虫プロダクション)。日本を代表するタイトルですが、この作品には、出崎統監督のナイフの様に鋭い輝きを放つ才気がみなぎって居ます。

時代は高度経済成長が頂点を越え、大阪の万国博覧会と言う繁栄を象徴したイベントのある一方で、冷戦構造と核ミサイルの恐怖があり、幾つかの国家が東西陣営に引き裂かれて居ました。ベトナム戦争が米軍の介入で泥沼化し、安保闘争や公害問題などが世を騒がす激動の時代なのです。第二次世界大戦の終結直後のベビーブーム世代(団塊の世代)が20代となって、反戦・反体制をバネにポップカルチャーが世界中で花開きます。風来坊の不良少年・矢吹丈が、東京近郊のビルや道路を「つくる」労働者が集まるドヤ街に現れ、
そこからボクシングを通じて世の常識をくつがえしていく物語構造も、そうした底辺と頂点のギャップを投影したもの。梶原一騎・ちばてつやが少年マガジンで連載した原作漫画版は、当時の学生運動の闘士たちにバイブルの様に読まれて居ました。出崎統監督は戦中生まれですがほぼ同世代で、そうした激変期の空気を吸収しつつ若々しい情熱を矢吹丈に託し、ギラギラした情念を発散させる様なアバンギャルドな表現にあふれたフィルムとなって居ます。ストーリー的にはジョーがもとボクサーの丹下段平と出逢う事で才能を開花させ、やがて宿命のライバル力石徹とリングで決着をつけると言う、原作の前半を描いていますが、残念ながらまだ連載が継続中の原作に追い付いて仕舞い、カーロス・リベラ戦までの全79話で終わって居ます。
出崎統監督は1980年に『あしたのジョー2』として力石戦直後からカーロス戦を描き直し、ホセ・メンドーサ戦の「真っ白に燃えつきる」と言う有名なラストまでをアニメ化し、決着をつけました。『ジョー2』は出崎統監督が2つのジョーの間に確立したアニメ文法・技法の集大成の様な作品で、現在に至るも大きな影響を及ぼして居ます。ですが、此処では矢張り原点の第1作目の方に注目して見たいです。
1970年はアニメ文化的にも大きな節目でした。技術的にはトレスマシンと言う動画のエンピツ線のニュアンスを、セル画上へカーボンコピーできる機械が導入され、荒々しい「劇画タッチ」が可能となりました。カラーテレビの普及率が急増して白黒作品が姿を消し始めた時期でもあり、アブノーマル処理など色彩を中心にした新しい表現が可能となり始めて居ました。出崎統監督のインタビューには「ニュース番組にも実写にも負けない映像を狙いたい」(BD-BOX第2巻解説書)と言う言葉が残って居て、こうした新しい表現は過去のアニメの概念を打ち破り、その革新的な想いをかなえる武器となったのです。
結果的に『あしたのジョー』には実験的な表現が次々に登場し、細部までコントロールが行き届いてクリーンに磨き上げられた昨今のアニメとは正反対の「野性味にあふれる世界」が現出しました。極太でかすれた描線がパンチのスピード感を代弁し、クロスカウンターの衝撃は顔面を歪ませ、勝負の一瞬は永遠の時として静止画で定着される。セル画のキャラは、あるときは自然な色彩を失って、黄色や赤など鮮烈なモノトーンに染め抜かれ、エアブラシを「布海苔」経由で吹いた、異色の背景が異常心理を押し出し、丈の眼光やリングの照明や夕陽はギラギラと輝く。
映像全体が、たたきつけて来る様な、ある種の圧力を放って居るのです。過剰なまでの表現は決してリアルでは無いのに、真に迫るものを感じる事でしょう。これぞテレビアニメが既成概念を打ち破り、新たな表現の可能性を開拓して行った代表作なのです。その奔放な映像テイストは、矢吹丈の常識をくつがえす生き様や、自分よりも強い者に向かって容赦なく牙をむき、放たれるパンチとも強くシンクロして居ます。つまり映像トータルが「語り口」として伝えてくる情熱がある。こうした部分が、野性味・自由を管理社会によって封じられかけ、鬱屈していた当時の若者を強く引きつけたのです。



60年代まで日本のテレビアニメは「キャラクターを見せる」事が主眼で、子どものものと思われがちでした。それが70年代に入り、『ルパン三世』や『宇宙戦艦ヤマト』など数々の常識破りな作品で青年以上の観客層を確立して行きますが、文化史的には『あしたのジョー』はその若者向けアニメ文化への突破口に位置づけられるアニメです。このアニメ版がどれだけ印象的で、後世に影響をあたえたか。それは「『あしたのジョー』ってこんな感じの作品」と言う印象の多くが、実はアニメ版からのものだと言う事からも如実に分かります。連載開始当初、漫画版のジョーは非常に少年的なキャラでした。アニメ版は連載から2年3ヶ月経過してからのスタートのため、ジョーの風貌や等身を大人びた時期に仕切り直した事も大きな要因でしょう。
映像の描き方や視点のとり方も、実写映画に近いものでした。第1話「あれが野獣の眼だ!」でドヤ街へと矢吹丈が入って行くシーンは、まるで黒澤明監督の『用心棒』の様に暴風が吹き荒れ、ドキュメンタリー映画のごとく、主人公にカメラが密着して居ます。他にも世界のいろんな映画や映像から、斬新な映像表現を意欲的に取り込んで居ます。
可能な限りマテリアルを駆使して「光と影」「静と動」と言った激しいコントラストの衝突の中から「時間と空間」をかもし出す出崎演出。その頂点にあたるのが、第50話「闘いの終り」から第51話「燃えつきた命」に掛けての力石徹戦のクライマックスです。沈み込んだ力石徹の身体から汗が糸のように引き、トドメのアッパーカットが命中。受けた丈は宙に大きく舞う……。と、劇場版にも転用され、アニメバラエティ番組でも何度となく引用された映像は、ご覧になった方も多いと思います。以前公開された実写版も「アッパーで宙を舞う丈」と言うイメージで描かれて居ましたから、多くがそう言うイメージを抱いて居るはずです。
しかし、もし原作漫画をお持ちでしたらぜひ見比べて下さい。実はパンチを受けた矢吹丈は宙に舞ったりせず、よろめいて倒れるのです。ただし、原作を改変して仕舞ったと言うのも正確では無いでしょう。漫画を読んだときに読者が脳内にいだく印象を、実時間や色や音などをそなえたアニメの表現に置き換えた時には、こうした落差が生じると言う事です。
第50話「闘いの終り」より 第51話「燃えつきた命」より


なお、後年の『ジョー2』でもジョーは宙を舞いますが、第51話(絵コンテ担当の崎枕は出崎統監督のペンネーム)冒頭だけは第50話ラストを繰りかえさず、宙に舞わない原作準拠でリメイクされて居ます。「漫画の印象をどう映像にコンバートするか」を研究するとき、なかなか奥の深いサンプルでもあります。
『あしたのジョー』を経た出崎統監督は、『エースをねらえ!』『ガンバの冒険』『宝島』『ベルサイユのばら(後半)』と言った数々の名作を手がけます。そのおよそ10年の実作を通じ、映像センスと技法磨きあげ、時間と予算的に制約の多いテレビアニメの基礎文法となる技法へ高めて行きます。
その中には業界のスタンダード的なものになって行くものも多いです。しかし出崎統監督は、技術者的な発明や開発をしたかったのではないのです。あくまでもその胸の内にたぎる情熱が「観たいのはこれだ!」という映像を求めた。結果としてそれに応えようとスタッフがいろんな技術を磨きあげて行った。『あしたのジョー』第1作には、宝石の原石のような輝きが濃密に詰まって居て、見飽きる事がありません。
テレビアニメを変革した偉大なこの作品、ぜひご自身の目で確かめて頂きたいなと思います。そして出崎統監督とその作品に興味を抱いて頂ければなと思います。

人はなぜ矢吹丈に魅かれるのか
ジョーの生きた時代とは!
物価から見えるもの
カーロスとジョーが戦った頃1ドルは360円だった

白木葉子がカーロス・リベラに提示したファイトマネーが5000ドルで180万円、ホセ・メンドーサと交わした契約料が5万ドルで1500万円となって居ます。(作中にそう書き添えられて居る)これは当時固定相場制だったドル円相場が、1971年末まで1ドル360円、1971年末からは308円に変わった為です。300円台か…。葉子の口ぶりから、ホセはこの時ドルで受け取ったものと思われますが、米ドルでもメキシコペソでもなく日本円で受け取っておけばその後ウッハウハでした。この事から、完璧な男であるはずのホセは、実は投資のセンスや世界情勢を見る目には欠ける人物だった事が伺われます。(大きなお世話!)
白木財閥とドヤ街の別世界ぶり
山谷の金銭感覚と葉子の金銭感覚のギャップが目立ちます。
ジョーがビスケットを叩き売りした売り上げが30円のとき、葉子は、ジョーの詐欺話にポンと10万出して居る事からも分かるのですが、葉子がジムを継ぐに及んでその落差はますます際立って来ます。白木ジム会長になってからの葉子が口にする金額は、どれも桁違い。業界内に於いても相場をはるかに上回る異常な額を連発して居ます。葉子は、自分の持って居る力のすべてをジョーに注ぎ込んで居て、お金はそのひとつに過ぎませんでした。読者にはそれが分かるのですが、ジョーの位置からはそうは見えず、葉子の事は、余った金でジョーの人生をコントロールしようとする奴、金で買えないものは無いと思っている奴と取っていたフシがあり、そういう前提で居たからこそ、カーロス戦のファイトマネーを上乗せされて怒り出したのかな?と思います。
自分の為に、すべてを捧げて居る女が居る事に。ジョーが気付いて居なかった事は残念ですが、こうして山谷と白木財閥のお金の使い方の違いを並べて見ると、無理も無い事だったかなと言う気もして来ます。葉子の愛情は、財力によって、とてつもないスケールで事象化するので、それが厚意から発したものである事が見えづらくなって仕舞うのでしょう。紀子の持ってくるトマトのサンドイッチなら分かりやすいですが…。つまり葉子は、切ないですが、金持っていすぎて愛が伝わらなかったと言う事でしょうか。富裕層と貧困層が、今よりもずっとかけ離れて居た時代だった様に思えるのです。
変化が幸福だった時代
処で山谷の人々は揃って貧乏ですが、貧乏だから不幸だと思って居る人はひとりも居ない様に見えます。反対に葉子の方が、令嬢の悲哀を漂わせて居てあまり幸せそうには…。
生まれたときから用意されて居た、安定した未来を壊したがって居る様にすら感じられます。
安定はどこか停滞に似ています。安定した生活がベストであるとは限りません。激変する時代を、静かな邸宅の窓から眺めて居ればいいと言われる葉子に対して、日雇い労働者たちは、ある意味この東京の立役者として、日々変化と共に生きて居ます。変化が幸福とダイレクトに結びついて居た時代。それは「あした」に希望を持てる時代だったとも言い変える事も出来るでしょう。それがジョーの生きた時代、ジョーの居た東京だったのかな?と思います。



ブルース・ハープの外観です。




