『ここのコーヒーは美味いんや』
黒川は本当に美味そうにコーヒー
を啜る。
『ホンマや。これは美味い』
俺も思わず唸ってしまった。
『あのなあ、誰にも言わんから、
儂にだけはホンマのことを言う
てくれ。お前、会長とどういう
関係や』
『え』
『隠したかてあかん。お前を見
る会長の顔つきが尋常やないん
や。お前まさか会長と』
俺はコーヒーを噴き出した。
『気色悪いこと、言わんといて
下さいよ』
『そやけど、何かおかしいねん』
黒川はなかなか鋭い男だと感心
した。
『部長、ほなホンマのことを教
えたげますわ。実は僕は会長の
隠し子ですねん』
今度は黒川がコーヒーを噴き出
した。
『アホか。そんなことある訳な
いやろが』
『あきませんか。なかなか上手
い嘘やと思うたんですけど』
『バレバレじゃっ』
『いや、ホンマはですね、僕、
入社する前から会長を知ってる
んですわ』
『知り合いやったんか』
『知り合いっちゅうほどのもん
でもないんですけどね。僕、京
都の大学に通ってた時に、会長
が京都に来られたことがあって、
そこで道に迷われたんです。で、
たまたま通りがかった僕が会長
の道案内をしてあげて、それを
えらい喜んでくれはりまして、
卒業したらウチの会社に来いち
ゅうて誘ってくれはった、とい
う訳なんです』
『そんなことがあったんか』
これは事実だった。
その時点で俺は会長が父親だと
は知らなかった。
名前を聞かれて応えた時に初め
て判ったことだった。
『君、名前は』
『中山博隆です』
『中山博隆。君、ひょっとして
お母さんの名前は真紀子か』
『そうですけど』
『そうか。君が博隆か。大きい
なったなあ。ホンマ、大きいな
った』
そう言うと会長は俺に抱きつい
て泣き出した。
『お母さんはどうしてはる』
『母は去年亡くなりました』
それを聞くと会長は傍目も憚ら
ず大声を上げて泣き喚いた。
それから会長の懺悔が始まった。
『君の名前は、儂がつけたんや
でえ』
ただ俺は母から自分の父親のこ
とをよく聞いていたので、恨む
気持ちなど欠片もなかった。
むしろ出会えた奇跡に感謝した
くらいだった。
会長はすぐに俺を自分の家に連
れて行き、家族に紹介してくれた。
それが2人の兄だった。
本妻は数年前に亡くなっていた。
兄たちは俺の名前に自分達の名
前の一文字が入っていると言っ
て喜んでくれた。
こういう人達の会社なのだ。
俺はせめてもの恩返しとしてど
うあってもこのプロジェクトを
成功させなければならないとい
う使命感に燃えていた。
黒川から解放され、俺は大阪先
端科学機構研究センターへ向か
った。
ここには学生時代の友人がいる。
受付で名前を言い、友人の田中
を呼び出してもらう。
ロビーで自分のアイディアをレ
ポート用紙にまとめているとこ
ろへ田中がやって来た。
『おう、博隆。久しぶり』
『忙しいとこ、ごめんな』