永田よしのりの映画と唄と言霊と  映画批評と紹介記事など 
(立ち寄ってくれた人へ)
映画とバンドと本があれば、とりあえず精神的には生きていけそうな。そんな生活を送りはじめてはや三〇年。言いたいことや書きたいことだけを綴る私的論。もちろん意見には個人差があるから100%の人に好かれようとは思っていないので、気に入った人だけお付き合いくださいな。
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2018-11-13 14:18:52

我孫子駅の弥生軒で

テーマ:本日のお言葉(意見には個人差があります)

何年かぶりに、我孫子駅の立ち食いそば弥生軒に。
なんだか有名になっている唐揚げそばを昼飯に。
唐揚げが大きいので、つゆを吸ってけっこうな量に。
でも、周りでは皆が二つ乗せで食べている。
このジャンク感にそそられるのだろうか。
2018-10-25 19:47:35

三ノ輪橋のジョニーの味噌に

テーマ:本日のお言葉(意見には個人差があります)

試写の後に三ノ輪に立ち寄り。
久しぶりにジョニーの味噌で、味噌ラーメンを。
2018-10-25 15:17:19

六本木アスミックの

テーマ:本日のお言葉(意見には個人差があります)
六本木アスミック地下一階にファミリーマートが出来ていた。
ここの喫煙室に喫煙者は行かされるらしい。
なんだかなあ。
2018-10-08 14:09:18

柏de吹奏楽PARTY

テーマ:本日のお言葉(意見には個人差があります)


柏駅前東口デッキにて、市立柏吹奏楽部員たちなどによる演奏会が夕方まで行われている。
午後からは太陽も顔を出しはじめ、観客も増えてきた。
高島屋三階入り口前でも演奏があるので、行ったり来たり。
演奏水準は高く、野外なので音抜けも良い。さらにミキサーのバランスもいいので聴きやすい。
原稿はほぼ終わっているし、夕方までのんびりしてみようか。
2018-10-06 19:26:13

築地場内市場閉場

テーマ:本日のお言葉(意見には個人差があります)
83年の歴史を持つ築地場内市場が、来週豊洲移転により、今日の午後で閉場となった。
まだ映画雑誌社に就業していた頃は徹夜明けの作業後によく朝食を食べに行ったもの。
先月も久しぶりに場内市場に出向いたが、来週からは豊洲市場になる。
築地場外市場は今のまま残るが、生鮮品の流通はどうなるのだろう。
落ち着いた頃に、築地、豊洲、両方に出向いてみようと思う。
2018-10-04 18:31:21

「映画、映画業界との関わり その2」

テーマ:つれづれの記

前回が長文で途中で途切れてしまったため、続きを。

 

「映画、映画業界との関わり その2」

 

ここ数カ月、本映画ブログが停滞していたのは、そんな映画のそばに居ることに少し疲れてしまっていたからだ。
 原題では無記名で好き勝手に書き散らす、ネットが全盛であり、そこには拡散という事実はあるが、責任や知識はあまり必要がなくなっているように感じている。
 映画宣伝には俗に言う〃炎上〃が、宣伝力になることはあるだろう。話題になったことで、映画館に行ってみようと思う人もいるだろう。だが、興行としては成績を上げたとしても、その映画を自分残ってライブラリにして何十回も観ることはあるのだろうか。
 僕は「フィールド・オブ・ドリームス」「グラン・ブルー」「ニュー・シネマ・パラダイス」「2001年宇宙の旅」「七人の侍」などは何十回も観る。
 観る度に涙する。
 どこで泣くかも分かっている。
 それでも何度も、観たくなってしまう。
 昨今は趣味的に好きな映画はあるものの、そうした映画はとんと少なくなってしまった。
 年齢を重ねて感性が鈍くなってきたのかもしれない。
 だが、しかし、映画に無軌道な荒々しさが減ってきたことは間違いない。
 感情を吐露するための映画に規制がかかっていては、そこには無軌道な荒々しさは重なっていくまい。
 仕事として、この映画というものに携わるよりも、距離を置いて趣味として楽しんだ方が気楽でいい。
 ネットなどに無責任にああだこうだ、と書き散らしている人たちのように、何の責任も持たず、好き勝手に盛り上がっている方が楽しいはずなのは間違いない。
 自由というのは、実はとんでもなく責任も重ね合わせてあるもので、それがなければただの自分勝手で自己満足、マスターベーション以外のなにものでもない。
 
 僕は今だにネット世界の住人にはなれないでいる。
 こうしてかろうじてブログやツイッターなどは使用し、タブレットでニュースなどを読んだりはしているが、ネット記事の誤字脱字の多さには辟易している。それはかつての紙上での編集作業というものがなくなったからでもあろう。
 モニターの上での誤字脱字の選別はなかなかに見え辛く、その言葉の意味もしっかりと考えていなければ読み流してしまいやすい。それは間違いなく紙上での作業よりも多い。それは実感としてある。僕はファイルで送られてくるレイアウトも必ずプリントアウトして、紙上で確認をする。そうでないと自分が落ち着かない。
 まあ、アナログなのだろう。
 デジタルは便利なツールであるが、そこには軽薄さも感じてしまう。それは責任感が見えてこないからだろう。
 だからそれをメインとする仕事(そう呼ぶならば)はあまり、近づかない。きっと信用できないのだろう。
 本にしても、電子書籍をタブレットやスマートフォンで見ることはしない。本にはあの紙の形での匂いや、装丁としてのトータルデザインがあり、本棚に並べることでの自己愛が存在する。
 所持する、ということがあり、初めて自分の血肉となるような気がするからだ。
 それだから、ネット全盛の現代では僕を欲する場所は多分どんどん減っていくだろう。現にそうなりつつある。時代の流れなのだからそれも仕方あるまいとも思う。
 ならば自分からそろそろ身を引こうか、とこの三カ月ほど考え続けていたのだ。
 だが、ここ数日、そんな考えとは裏腹に紙雑誌の仕事依頼が立て続けに舞い込んでくるようになった。
 また、新しい映画人との出会いや、ベテランとの再会、そこに触れてしまうとまた映画の世界で生き続けることを考えてしまう。 
 僕はよく言う〃映画ヲタク〃ではない。
 マンガ、小説、音楽、スポーツ、釣り、キャンプ、ツーリング、食事や酒、旅行、車、オートバイ、ノンフィクション・ドキュメンタリー、オカルト、心霊、妖怪、UMA、オーディオ、女性、多分、どれも生きていくうえでの娯楽というものに属するであろう範疇のもの全てに興味がある。
 興味があるから知りたくなり、そこから新たな物語を構築できないかを考えてしまう。  
 多分、興味があるからゆえに、終わらないし、止められないのだろう。
 映画もその中のひとつであり、僕の中の興味の上位にあるのだろう。モノを作る、という行為、作業には、自分を投影しなければつまらない。
 敬愛する監督の一人でもある村川透監督も、先日そんな話をしてくれた。
 
 ああ。
 そうなのだろう。
 今更ながらに。
 そんな当たり前のことを。
 僕は忘れていたのかもしれない。
 
 もう少し、映画というものの側にいてみよう。
 もしかしたら、これまで過ごしてきた時間の中では見つけていなかったものに、また気づくかもしれない。けして映画は情報ではない。
 
 楽な方に振れるのは、簡単。
 何の責任もなくなるし。
 でも、それでは僕自身がつまらない。
 それでは意味がない。
 何よりも僕自身が、僕自身に誇れない。
 それは絶対に許せない。
 面倒臭い奴なのだな、きっと。

 もう少しだけお付き合いいただければ幸いである。
 感謝しつつ。
 
 
   
 

 

2018-10-04 11:57:02

「映画、映画業界との関わり」

テーマ:つれづれの記




「映画、映画業界との関わり」




 映画関係の仕事に就いたのは、ある映画雑誌社に知人から推薦されて入社してからのこと。

 それから紆余曲折して、その映画雑誌社は退社したが、その雑誌社で学んだことは、後にフリーとなって何十冊も書籍を作った際に役に立ったことは言うまでもない。

 今でも退社した後、その雑誌社の仕事は1度もしていないが(個人的には退社した会社の仕事はしてはいけないと思っている。仕事をするのならばその会社を辞めなければいいのだから)、あの映画雑誌社に、営業や編集として就業していなければ、現在の僕は間違いなくいない。

 そこは純粋に感謝しているし、僕を推薦してくれた知人(今では言いたいことを言う友人のひとりだが(笑))にも、ずっと感謝を持っている。

 フリーになった頃は、映画書籍やムック本、僕名義の刊行物などを毎年のように出版していた。それだけ映画関係の書籍には現在より需要があったし、僕の出す企画もまだ当時、他ではやっていなかったものが多かったから物珍しかったこともあっただろう。

 雑誌の立ち上げにも参加した。

 まだ台割りも知らない新人たちに編集作業の一から教え、今では彼らは僕に仕事を回してくれるようになった。

 あの頃は、自分が食うために仕事をするのはもちろんだが、後輩や新人たちを育てることに時間を割いたものだ。

 それはもしかしたら現在のように、僕にいつか仕事を回してくれるように彼らが成長することを見越しての先行投資だったのかもしれない(笑)。

 不思議なことに、仕事でも遊びでも長く付き合うことの出来る人間というのは限られている。

 それは僕と相手の波長が合うことがあるからだろう。

 大体において、僕は初対面の印象があまり良くないらしい。

 しかしながら、一度慣れてしまうと、ずっと付き合いが続くようになる。

 それにはある程度の時間がやはり必要になるようだ。

 フリーとして早四半世紀、なんとか生き延びてこれたのは、そうした付き合いがあったからに他ならない。

 それがなければ僕などには何の価値もない。

 

 だが、決定的に仕事が減ったのは2011年の東日本大震災の後からだ。

 あの震災の後には、映画が上映されることも自粛された。

 僕らのように趣味・娯楽の範疇で仕事をしている者たちには想像に難くないこと。

 生きることが第一になったら、まず削るのは直接生きることには影響を与えない趣味や娯楽にかける支出を減らす。

 それは当たり前だろう。

 人が生きていくうえで、趣味や娯楽はなくてはならないものだと思っていたが、実はそれほどたいしたものではないことを痛感させられたものだ。

 2011年の3月から夏あたりまでは、試写も圧倒的に減り、僕の仕事も減った。

 それは前年の5分の1ほどに激減したのだから、普通の会社員だとしたらあり得ないほどの減額だ。

 貯金を切り崩し、なんとか生きるしかなかった。

 よほど通常仕事以外のアルバイトをしようかと何度も考えた。

 しかしながら、映画関係のプロとして生業を立てている者としては、それ以外のことで金銭を得ることは間違っている、と頑なに考えた。

 例えば、知人の何人もが、映画評論家という看板を持ちながらコンビニエンスストアでアルバイトをしていたりする。

 それは厳密にはプロとは呼べないのではないか。

 本人にも生活があり、仕方がなくアルバイトをしていることは痛いほど分かる。生きていかなければならないのだから。けして彼らを揶揄したりはしない。僕だって何回もそうしたアルバイトを考えたのだから。

 だが、やらなかったのは、プロとして名前を出し、映画に関係することだけを著述とし(青州嘉名義でマンガ原作もやったが、それもいつかは映画にしたいと思っていたから)、物書きとしてのちっぽけなプライドと矜持がそれを許さなかったからだろう。

 幸いにして、震災以降に出会った映画監督やタレント、俳優たちは、そんな僕を気に入ってくれたのか、撮影現場に呼んでくれたり、劇場用パンフレットを作らせてくれたり、イベントに呼んでくれたり、インタビューをさせてくれたりと、色々と助けていただいた。

 それがあるから、2018年の現在もなんとか生き延びていられる自分がいるのだろう。

 ある監督は「永田さんはまるでベテラン刑事のように、相手から話を聞き出す。自分のことをゲロしてしまいたくなるような誘導をする」と評してくれる。

 それは僕が、映画というものがどのように現場で作られていくかに興味があり、そこで話を聞くために相手のことを調べ、いかにすれば僕の知りたいことを語ってもらえるか、に用意をするからだろうと思う。

 僕は、映画製作に携わっている人たちの、現場での話が聞きたい。例えば役者や製作者陣のスキャンダルや、恋愛関係などどうでもいい。そんなことはそこで作られた映画には何の関係もないと思っている。もしもスキャンダルがあったとしても、それはそれがあるがゆえに、その映画に立ちのぼるものもあるはず。

 それはその人の人生であり、バックボーンでもある。そしてその人生の歴史が映画に吐露されているならば、それ以上は聞く必要はない。

 そんな姿勢を感じてくれた俳優、監督がインタビューに僕を指名してくれたり、現場に呼んでくれたりもするのだろう。

 

 だが、映画はそうした、その人の人生が吐露されたものばかりではない。映画は商業でもあるからだ。

 そんな映画を僕はずっと年間300~400本と見続けてきた。

 時間を返してほしいと思う映画もたくさんあった。

 エンドロールが終わっても席を立つのが難しいほど、感情をかき乱された映画もたくさんあった。

 その基準は、間違いなく僕の過ごしてきた人生観にフィットしたかどうかなのだろうが。

 それはそれでいいと思っている。

 映画は映画の数だけ、感想があるし、思い入れや思い込みもある。そこに自分が手を挙げられるかどうかで、その映画を好きか嫌いかの範疇も出来上がっていってしまうのも仕方がない。

 だが、僕に「どんなにひどいと思った映画でも、どこかひとつは共感できるところがあるはず。そこをすくい上げて人に紹介するのが僕たちの仕事なんですよ」と、教えていただいた淀川長春さんの言葉が僕の中にずっと残っているから、ずっと映画を見続けてこれたのかもしれない。


 ここ数カ月、本映画ブログが停滞していたのは、そんな映画のそばに居ることに少し疲れてしまっていたからだ。

 現代では無記名で好き勝手に書き散らす、ネットが全盛であり、そこには拡散という事実はあるが、責任や知識はあまり必要がなくなっているように感じている。

 映画宣伝には俗に言う〃炎上〃が、宣伝力になることはあるだろう。話題になったことで、映画館に行ってみようと思う人もいるだろう。だが、興行としては成績を上げたとしても、その映画を自分のライブラリにして何十回も観ることはあるのだろうか。

 僕は「フィールド・オブ・ドリームス」「グラン・ブルー」「ニュー・シネマ・パラダイス」「2001年宇宙の旅」「七人の侍」などは何十回も観る。

 観る度に涙する。

 どこで泣くかも分かっている。

 それでも何度も、観たくなってしまう。

 昨今は趣味的に好きな映画はあるものの、そうした映画はとんと少なくなってしまった。

 年齢を重ねて感性が鈍くなってきたのかもしれない。

 だが、しかし、映画に無軌道な荒々しさが減ってきたことは間違いない。

 感情を吐露するための映画に規制がかかっていては、そこには無軌道な荒々しさは重なっていくまい。

 仕事として、この映画というものに携わるよりも、距離を置いて趣味として楽しんだ方が気楽でいい。

 ネットなどに無責任にああだこうだ、と書き散らしている人たちのように、何の責任も持たず、好き勝手に盛り上











2018-10-03 19:23:55

水道橋の勝本

テーマ:本日のお言葉(意見には個人差があります)

インタビュー取材の後に水道橋に回り、中華そば勝本で腹を満たす。
柏の大勝と似たラインの煮干し油が香る中華そば。
かなり好みだった。
最近は何種類もだしスープを重ねた、複雑濃厚原価率の高そうなラーメンが全盛だが、なるべくシンプルで、それでいてしっかりとしたベースのあるラーメンが一番食べたくなる。
また近くに来たら立ち寄りたい。そんな中華そばだったよ。
2018-09-10 12:01:48

最近はブログよりもTwitterを利用

テーマ:本日のお言葉(意見には個人差があります)
最近はブログ更新をあまりしなくなってきている。
理由はもろもろあるが、まあ、ブログの代わりではないが、ツイッターで何かを発信することが多くなっている。
2018-09-04 12:29:16

今週のお仕事

テーマ:本日のお言葉(意見には個人差があります)

アメリカで大ヒットしているサメ映画「MEGザ・モンスター」の日本劇場の用パンフレットにインタビュー原稿を。
個人的にもとても楽しかった取材だった。
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