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日々の雑事の哲学的解釈

日常の出来事や社会問題、霊的なことや精神的なこと、心理学や医学的なこと、オカルト科学的なことで気づいたことや勉強したことを書き残すためのブログです。誰かの参考にでもなれば幸いです

さて、まずは第一の予言
「優生学と性の乱れ」について考察してみよう。そもそも優生学とはかつてナチス政権における人種政策において大きく支持された、「優れた遺伝子を残し人類を発展させよう」という思想で、背景には著名な生物学者で進化論・自然選択説を発見したダーウィン、及び人間社会においても生物淘汰による進歩を促すべきとする社会ダーウィニズムの存在があった。(wikipedia参照)

平たく言うなら、「弱い人間の遺伝子は邪魔なので、社会的にも生物的にも淘汰しましょう」という発想だ。つまり勝利至上主義であり、経済至上主義、拝金主義にも繋がるものがある。では何故これが性の乱れに繋がるのだろうか?

その一つに--これはかなり僕の主観や偏見、コンプレックスや嫉妬心が入っているので書くのは憚られるが、真実の一つだと思うので書いておく--「経済至上主義がもたらす恋愛至上主義」があると考えられる。そして…「恋愛至上主義がもたらす経済格差やスクールカースト」これが「性の乱れ」を象徴するものだと思えてならない。

恋愛だのスクールカーストだのというと、子供じみた発想だと思われるかも知れないが、「性の乱れ」を正しく表現する方法が、これ以外に見つからなかった。

そして、「天使と人間」の69~71頁に書いてあることと照合してみる。
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性生活を通して血の中に現れてくるものによって、人間は他の何にもまして強い影響を受けます。そして、人類は地球に何らかの友愛の精神を展開する代わりに、友愛の精神を耐えず強く拒絶するようになるでしょう。
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スクールカーストという概念の登場は、学校という場においては最早、「みんな仲良く楽しい学生生活」という理想は成り立たないことを示した。スクールカーストは運動神経や容姿や恋愛経験やノリの良さで序列が決まり、グループが形成され、クラスにおける「立ち位置」を決定される。しかしその価値観の多くが「異性から評価されこと」である。運動神経のいい男性は、女性の本能的な性欲を掻き立てる。容姿のいい女性は、男性の本能的な性欲を掻き立てる。「恋愛における快楽」という性的な価値を奪い合うことが前提になった結果、学校という場における友愛の精神は破壊されてしまった。これが予言の中の「性の乱れ」を象徴してるとは言えないだろうか?

「スクールカーストなんかない。自己責任だ」という意見はまるでナチスが「ユダヤ人は差別されて当然だ、自己責任だ」とでも言うようなものではないか?貧困の問題についても同じことが言える。

優生学とは即ち人間を単に優れた子孫を残すという使命をインプットしている遺伝子に支配された本能的存在としか見なさないことで生まれる競争至上主義、経済至上主義、恋愛至上主義、スクールカーストを意味するのではないか?

そのことが「性の乱れ」という社会現象に、端的に象徴されてるのかも知れない。