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日々の雑事の哲学的解釈

日常の出来事や社会問題、霊的なことや精神的なこと、心理学や医学的なこと、オカルト科学的なことで気づいたことや勉強したことを書き残すためのブログです。誰かの参考にでもなれば幸いです

第三の予言は
「真の自然科学-律動学」
であるが、これは2000年の流行語大賞の一つに、「IT革命」が選ばれたことなどからもイメージしやすいと思う。コンピュータは突き詰めると量子力学を利用した「機械(マシーン)」であり、実際、コンピュータの登場により、人々は「ほんのわずかな誘引により、世界に多量の機械の力を解き放つこと」(「天使と人間」72頁参照)が出来るようになった。

しかし、解釈によっては、これは「エーテルの力の支配」とも考えられないだろうか。つまり近い将来、科学がエーテルの存在を証明し、人間が意識だけでそのエーテルを通した「機械の操作」や「霊能力の発揮」(サイキック能力)が出来るようになり、その訓練のためのアーリマンの学院が創設されるということだ。

が、更にこれも、インターネットの情報技術自体を「エーテルレベルの霊能力」と考えるなら既に達成されていると言える。実際、インターネットは霊界とよく似てると言われる。欲しい情報が直ぐに得られ、下品な話だが、好みの女性の裸も探せばそれなりに簡単に見つかる。昔は血の滲むような努力で手に入れていた「情報」も、簡単に手に入るようになった訳だ。しかしそれだけに、理性が欲望に支配されるように、技術に心が乗っ取られ、エゴイズム的に情報技術を使用するようになってしまう人間が現れる…というのが、シュタイナーの予言なのだろうか。実際、金融工学なんかは、非常にアーリマンの受肉を象徴する学門だろう。ビッグデータを中心とした統計学も、その範疇かも知れない。


以上三つの予言を様々な資料と現代の社会情勢を中心に見てきたが、ここで注意して欲しいのは、シュタイナーはアーリマンから与えられるこれら三つの知恵を「拒絶」することではなく「正しく受け入れる」ことが重要だとしている。実際現代社会で経済的な競争や異性の評価に苦しまないこと、医療に一切関わらないこと、インターネットや情勢技術を使用しないことはまず不可能だろうし、できる人は金持ちか暇人くらいだろう。シュタイナーはアーリマンの台頭を「眠りこけて」過ごすのではなく、「目覚めた状態」で認識しろと言ってる。これはかなり厳しい教えだ。人を助けろとか、菜食にしろとか、利他や無私に尽くせとかいう類の理想主義を語っているのではない。全ての人間が自分自身の自我の力でこの現実を見つめ、受け止めて生きることが大切で、それが魂を強くすると言っている。

厳しい教えである。しかし無責任に他人に利他を強要したり、あるいは逆に霊も魂も存在しないと洗脳する教えより、余程真実の教えだ。

現代に生きる我々に必要なのは、日々の生活の中で洞察を深め、アーリマンとルシファー、更にはソラトの働きを、しっかり「認識」することだろう。