日々の雑事の哲学的解釈 -33ページ目

日々の雑事の哲学的解釈

日常の出来事や社会問題、霊的なことや精神的なこと、心理学や医学的なこと、オカルト科学的なことで気づいたことや勉強したことを書き残すためのブログです。誰かの参考にでもなれば幸いです

黙示録の予言が正しければ、オリフィエルの時代に人類に大きな破滅が訪れるだろう。シュタイナーは鉄の必然を、自ら滅びに向かう人類の社会での抗えない法則といった。それは環境破壊とエントロピーにも例えられる。資源を使うこと、モノを作ること、建物を造ること、道路を・鉄道を造ること、食べ物を食べること、新たな物理学や医学の発見をすること、論文を書くこと、ネット上に記事を書くこと。

全て、地上を乱雑にすること…エントロピーを増大させることだ。過去の人達が訳の分からない学問上の発見を沢山したせいで、特に日本のような経済大国の教育は、過去の莫大な知識をひたすら暗記するというものになってしまった。時代が進むにつれ、子孫が学ばなければいけないことは多くなる。しかし、人間の記憶力には限度というものがある。同じように、地球において建設を続ければ、それは世界をより複雑なものにし、確実に環境を破壊するし、子孫の負担は大きいものになるだろう。エントロピーは増大はしても、減少はできない。原発がいい例だ。人間ってのは、作りたいものを作って、後は知らんぷりなのだ。それが必ずしも悪いわけではないが、少なくとも、新たな発見や建設は、世界を破壊しているのだ。

これが鉄の必然だ。オリフィエルの時代が来れば、エントロピーは神の力によって強制的に減少させられる。その時、地上に多いなる災いが訪れる。その破局を人類が乗り越えるために(精神的な意味で)、人智学や精神科学はある。

だからまあ…この世を利己的に破壊する人がなくならないのも、ある意味では必然なのだ。僕が生きてるだけでも世の中を破壊してるだろう。こうしてネット上に記事を書くだけでも、世界はまた一つややこしくなるのだ。だからこそ我々には、「破壊者としての自覚」が必要になる。それがあれば、他人を再起不能になるまで追い詰めることはなくなるだろう。いつまでも利己的に限度を超えて金銭的欲望を追求することはなくなるだろう。

人に要求されるのはやはり利己主義者としての正確な自覚であろう。金を稼ぐため、生きるため、ある程度世の中を破壊することは必要だ。しかし物事には限度というものがある。個人を過労死するほどいじめ抜いたり、戦争したりするのはやり過ぎだ。

破壊者としての自覚は、死後に超感覚的世界での認識を容易にする。地上でこの自覚を持つことは、死後の生活を明るく照らすことになるのだ。