令和5年9月11日

「忖度」や「見て見ぬふり」

なんて多かれ少なかれ誰でもやって暮らしている。

「見て見ぬふり」の意識すら無い方がもっと生きやすいだろうから、

自分に有益でない事項には「無関心」を本能的に選択している事だってヤマとあるだろう。

「老いたヤメジャニおじさんたちの心の傷などホンネどうでも良い。知りたくも無い」そんな、ジャニーズ教の連中もいっぱいいるに違いない。

逆に、どちらの側にしろ、攻撃する側に加わる事で自分の闇を発散している様な連中もいっぱい見かける。

 

問うべきは、ジャニーという人のもたらした「被害」(その「業界的功績」と微妙な比較衡量みたいな理屈を取りたがる人達も利害関係者を中心に結構いる様だが)と、

「忖度」や「見て見ぬふり」を一番避けるべき立場でありながら共犯関係を維持し続けた(し続けている?)「マスコミやジャーナリストを標榜する集団」の「忖度」や「見て見ぬふり」だろう。

昭和の時代からの統一教会問題の取り上げ方だって同じだったじゃないか。

 

テレビ「業界」や大手マスコミ「業界」が大きく変わる様には見えない。

現場の一部のキャスターが本気で反省の弁を述べている光景は、

「なんとなく、触れてはいけない空気があった」企業体質の中で頑張っている、

個々のジャニーズ系タレントさん達の戸惑いの光景に重なって見えたりもする。

 

「業界」の体質は「大本営発表」の頃から殆ど変わっていないのかもしれない。

視聴率という形で支持している、流されやすい「大衆」の鏡像でもあるのかもしれない。

日本の風土にも根ざした日常文化。

さらに言えば、僕自身もどっぷり浸かっているであろう日常文化。