ブータン刺繍作家
こんばんは。 kinokoです。
大好きな、スタイリング・レッスン。
毎回、先生である雑誌に公開されない素敵なインテリアのヒント の窪田さんに、生徒さんたちそれぞれがブログにアップしたものを記事でご紹介いただくのですが・・・
今回はびっくりでした~![]()
なんと、「日本で唯一のブータン刺繍作家」とわたしが紹介されていました。
きゃぁ~![]()
でも、そんなこと言ったっけ???
先日お会いしたKさんから流れた情報かも・・・?
実は、まだあまりブログやHPで、プロフィールを宣伝してこなかったのですが、本当なんです。
わたしが学んだのは、ブータンのNational Insutitute for Zorig Chusumという学校です。
Zorigは「arts & crafts」と英訳されていて、わたしは「工芸」と訳しています。
でも、本当は石工なども入るので、日本語で言う「工芸」よりはもうちょっと広い意味のようです。
Chusumは数字の「13」です。
「Zorig Chusum」とは、直訳すれば「13種類の工芸」という意味ですが、実際は「ブータンの伝統工芸」という意味です。
わたしが学んだ刺繍科のほかに、ペインティング(仏画)、スカルプチャー(粘土で仏像を作る学科)、ウッドカービング(木彫り)、スレートカービング(スレートの板に仏画などを彫る)、銀細工、機織り・・・、などの学科がありました。
わたしの刺繍科は4年コースでしたが、学科によっては6年です。
Zorig Chusumは首都ティンプーと、東部のタシヤンツェにあります。
どちらも、労働省人材育成局が管理する職業訓練校で、ブータンで工芸を学校で習うとすればこの2校だけです。
学校以外では、お坊さんがお寺の中で学んでいます。
わたしの学んだ刺繍科の先生二人も、以前お坊さんだった方たちでした。
ブータン刺繍に出会ったのは、2002年12月のことでした。
わたしは、もともとブータンで3年間仕事をしていました。
その仕事の契約が切れたのは、2003年2月。
帰国まで間がなかったのですが、とても心ひかれて、先生にお願いして習い始めました。
たった2か月ほどでも、あとから「やればよかったなぁ」って思いたくなかったので。
その先生が、Zorig Chusumの刺繍科の先生だったのです。
習い始めてみると、やっぱり気に入って、欲が出てきました。
ちゃんと学びたい、と思うようになりました。
そこで・・・
当時は労働省ではなくNTTAという、省ではなく独立の「庁」のような組織だったところのトップが友人なのをいいことに、
「留学させてくれる?」
と、直接お願いしたのでした。
Zorig Chusumは、留学生を受け入れたことがありません。
外国人でブータンで働いている方の配偶者などが、短期間通ったことはあったのですが、入学を許可してビザを申請する書類をそろえて・・・、なんてしたことがありません。
そもそも、留学を許可するための手続き自体、システムがありませんでした。
どういう風に願書を書けばいいの?
ん~、じゃあこういう風にお願い文書を書いて履歴書を添付して出してみて。
そんな相談から始まった留学だったのでした。
承認のシステムがないところからお願いしたことを考えると、やっぱりブータンでの人脈があったからこそできたと思います。
わたしの願書は、あらぬ方向に飛んでいってしまい、ブータン人の友人たちがたどってくれて、回しなおしてくれて、結局、内閣の承認がおりて許可とあいなったのでした。
たかだか、ひとりの留学生に許可を出すだけで内閣まで書類がまわったの???
許可の文書のサインを見て、腰が抜けそうでした![]()
こうして許可が下り、わたしはZorig Chusumの外国人学生第一号として、晴れて2003年入学したのでした。
それから刺繍科4年を修め、卒業証書をいただきました![]()
さっぱり読めないブータンの文字(ゾンカ)と英語で書かれています。
わたしのせいなのか、この年から、卒業証書に英語が併記されるようになりました![]()
うちの学校の222人目の卒業生です。
わたしが入学した頃の卒業証書は、お経のような体裁でした。
黒い漆を塗った手漉きの紙に、金で全部手書きされていて、それはそれはかっこいいものでした。
わたしが卒業する頃には、こんな風に印刷になっちゃって・・・。
ちょっと寂しかったです。
でも、英訳も添えてもらうようにお願いしなくちゃって思っていたので、英語が併記されていたのはちょっとうれしかったです。
こちら↑は卒業式に卒業証書をいただいたときの写真です。
わたしも、ブータンの民族衣装「キラ」を着て行きました。
男性の民族衣装は「ゴ」といいます。
わたしが左肩にかけている細長い布は「ラチュ」と言います。
男性が身につけている、白やオレンジの布は「カムニ」と言います。
どちらも、公的な場に出るときには「正装」として身につけなくてはならないものです。
女性のラチュには、特に色の意味はありません。
男性は、白は庶民、オレンジは大臣、黄色は王様・・・と、決まった色があります。
このとき、主賓でいらしていて、卒業証書をわたしてくださったのは、当時内務文化大臣だったジグミ・ティンレーさんです。
先のブータン初の国政選挙で、首相に選ばれた方です。
この写真はKuensel
からいただきました
この方、大好きなんです。
選ばれるべくして選ばれた方。
ブータンの民衆は、未来を託す人をちゃんと選んだね!えらいね!
演説がとても上手です。
小さいものも、大きなものも、さまざまな場面でご一緒させていただく機会がありましたが、その場にあわせてきちんと言うべきことを言い、場を和ませ、人をひきつけ、判断が早くて的確で・・・。
とにかく、なるべくして首相になられる方です。
ジグミ・ティンレーさんの話になると長くなりそうですから、このへんで。
日本唯一のブータン刺繍作家という話でしたね。
一番とか、最初とか、唯一とか、そういうことはめったにあるもんじゃないと思っていましたが、ふとしたことがきっかけで気づいたらなっていました。
4年間のコースを修め、ブータンで生活するというのは、やってみれば大して苦しいこともなく、楽しく充実した日々でした。
でも、海外からわざわざブータンにでかけて4年も、と考えると、これからもそんなのんきな人がいるかしら?と思います。
鼻高々と自慢!する「唯一」というよりは、のんきでおっちょこちょいにも後先考えず好きなことをやってきた結果なんです。
とはいえ、大好きなブータン刺繍を学ばせていただいたわけですから、これからはそれをいろんな人に見ていただいて、お伝えしていきたいと思っています。
いずれ、ブータン刺繍のお教室も開きたいと思っております。
興味のある方は、是非ご連絡ください。
記事の下の
こんなメールボタンからでも。
これからも、ブータン刺繍のこと、ブータンのこと、記事でいろいろ紹介してきます。
どうぞよろしくお願いいたします。
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