私が短文系での主義主張を嫌う根本的な理由がこれ。
先日の選挙でもいわゆるキャッチコピー的な言葉が社会を席巻していたが、あれこそまさに「軽すぎる言葉」の代表例だと思っている。
考えなどを端的に言うのは確かに楽である。しかし楽だからといってそれを安易に使う事に対しての考えはなかったのかと思う。特に短文系のネットでは、まるで重みのない言葉ばかりが乱発している様を幾度となく目にする。正直言って不快感しか感じない。
これに限らず、最近の社会の流れとして軽はずみな言葉が至る所で流れ、それがあたかも本流の主義主張だと言わんばかりの事態になっていたりするのは一体どういうことか。
「言葉」というものは、ともすれば人に害を与えるものに成りかねない。それは言葉自体の軽い重いに関わらずである。しかし問題なのは、軽すぎる言葉にはそこに責任などを伴っていない点である。責任を感じないままに言う「言葉」が相手を傷つける事になっても、気持ちからして軽いものなので全く深刻に受けとめることが出来ない。故に言い訳じみた返ししか出来ないのだと。
これだけ「言葉」というものが溢れる今の社会において、自分の発言に責任を持たずに軽々しく主義主張をして、その行為に変に酔いしれる。それがいかに危険なのかの認識を何故持てないのか。考えて発言するという事はそんなに難しい事なのか。そんなことはないだろう。
「言葉」をもう少し大事にしませんか?