【遠距離介護】母も介護認定申請
昨年末からめまぐるしかった毎日ですが、ここにきて少しだけ一息つけられるように。
といっても期間限定ですが(;´∀`)
ずっと気持ちが重く、なかなか介護記録をまとめる気になれませんでしたが
そもそもこの記録は、将来確実にやってくる自分たちの老後のためと、
何より、その時子どもたちをおそうであろう悩みや迷いを
少しでも払拭できる判断材料になればと残しはじめた記録。
加えて、同居していないからこそ(NHKの「ファミリーヒストリー」ばりに(笑))
祖父母がどんな風にどんな思いで生活していたのか
子どもたちには知っていてほしいという思いもあり。
思いが薄れていく前に気持ちを奮いたたせて記録を残します。
2016年11月
月末に低血糖で救急搬送された母。
病院の看護下にあってもなぜか血糖値が安定しないため
しばらく入院措置をとることに。
同時進行で、最近物忘れが多い母のことが心配になり、
父のケアマネさんに相談して母も介護認定の申請をすることにしました。
兄と私が遠方ですぐに動けないことを考慮し、
父のケアマネさんが代理申請を申し出て下さいました。
また、なるべく今の切迫した現状
(母が入院して父の生活も立ち行かなくなっていること)を
市の担当者に見てもらった方がいい思いますとのことで、
早々に各方面へ働き掛けてくださいました。
ケアマネさん、言い方が良くないと思うのですが
「アタリ」「ハズレ」があるとよく耳にします(;´∀`)
父がお世話になっているケアマネさんは、もう間違いなく大当たりで(笑)
本当に本当に心強く、兄や私の不安や迷いに優しく寄り添って下さってくださいます。
介護サービスがなかったころの時代の介護って、
どれだけ孤独で不安だっただろうと、
まさにその時代に実父と舅を介護した母の姿を想い出すと胸が苦しくなります。
そんなわけで、母の入院手続きと介護認定申請書類記入もあり、
急きょ次女を連れて一泊二日の弾丸帰省となりました。
母が入院するとなると父の生活をどうするか考えなくてはなりません。
実家での生活を希望する父ですが、
パーキンソン病の症状が進み身体の自由がきかなくなっており
山奥での一人暮らしに大きな不安が残ります。
兄とケアマネさんが相談し、ショートステイに入所することになったのですが、
直近で入所できるのが1週間後。
これまで利用していたヘルパーさんの回数を増やしてもらうなどして
ショートステイ入所まで何とかつなごうと決めたその日の夜中。
朝4時ごろ私のスマホに実家の父から電話がありました。
電話に出ると明らかに動揺した父の声です。
「足が痛くて動かないから、隣町に住む弟を呼んでほしい」とのこと。
父の弟を呼んだところで叔父もどうすることもできないはず。
そこで、私が救急車を呼ぶことに。
横浜から広島の救急車ってどう手配するんだっけ??
市外局番おして119だっけ??
しばし頭がフリーズしていると父からまた電話。
かなりてんぱってます。
聞いてる私もてんぱってます(笑)
動揺しまくりで頭が回転しないので、普通に119番をおして事情説明。
実家の救急管轄しているセンターの電話番号を教えてもらい、
なんとか救急車手配完了。
母が救急搬送された3日後、父も同じ病院に搬送されました。
父の足は冷えからくる血行不良・むくみのため、
パーキンソンの症状が強く出たようです。
といっても入院を要する状態ではなく、すぐに帰れますとのこと。
この状態で実家に帰っても同じことの繰り返しになることは想像できるので、
兄が市の福祉課や病院にかけあい、
ショートステイに入所できる日まで約1週間、
緊急措置で入院させてもらえることになりました。
その間にも兄は動いてくれます。
自活できるお年寄りが入居できる施設を調べ、
見学→面談の手配まで勧めていてくれました。
ここならば夫婦で一部屋の個室なのでプライベートの確保もできるし、
食堂に行けば三食食事もいただける、
介護度が進まないよういろんな角度から指導もしてもらえ、
介護サービスも今のまま利用できる、
と我が家がいま抱えている不安を払拭できる環境が整っています。
ここであれば両親も私たちも安心して暮らすことができる!と
面接合格→1月末入居に向け、兄といろいろ調整をしていました。
<つづく>