年々


年賀状を書く数が減っている私です





今年は年末より風邪っぴき


仕事は12月30日までだったのですが


休まず働きました~





よくやった 私




年越しは友人達と大騒ぎでそのまま夜明かし


おかげで風邪が酷くなり


咳がゲホゴホ


声はガラガラガーン


我ながら


何なんでしょこの声は!?という酷い声です





そんななか年始の挨拶を


住所は知らないけれど


アドレスは知っているという人が多くなっていて


メールで済ませてしまっていたりします


個人的には不本意


出来れば年賀状を送りたいんだけどね…




しかし


私の身近に


携帯を持っているのにメールが使えない人が1名


携帯を持っていない人が1名



この人たちには電話をしました


この人たちとは












兄と父なんですけどねガーン





家に電話するとすぐに兄が出ました


兄「もしもし」


私「も゛しも゛し。あ゛げばしてお゛べでとう」


兄「?あ、明けましておめでとうございます…」


私「今年ぼよろじぐで」


兄「???あ、え~、こちらこそ…よろしく…お願いします…」





名乗るまで私と分からなかった


面白かったので気がつくまで遊びたかったけれど


喉が苦しくてすぐに名乗りました


なんで兄に私妹だよーって言わなきゃならないんだ?


兄は「あぁ…」とだけ


もともとテンションの低い人なんです






次に父に電話


父はおちゃっぴーです


父「は~い、もしもし~い音符


私「あ゛げばしでおべでどう。」


父「お~、美愛~アップアップアップお~めでと~う音符





私の父


いつもとは全然違う、兄も気付かぬ声になっている電話の主をすぐに娘と分かってくれた


さすが父親!!


しかし







父「元気そうだね~えニコニコん~ん、いいことだ音符…で今日はどうしたの?」






…娘と気付いたけれど、声がおかしくなっていることに全く気付いていない…ガーン




さすが我が父…
新年 明けました

おめでとうございます



本年も

気まま

思うがまま

美愛のあるがまま

よろしくお願いしますニコニコキラキラ



ちょろっとでも覗きに来て下さったあなたにとって

素晴らしい一年になりますように
人は少なからず幾つかの『顔』を持ち

幾つかの『顔』を使い分けているもの

これって当たり前のこと

もちろんこの『顔』の意味は分かりますよね





例えば私にしても

一人で部屋にいる時の顔

仕事人の時の顔

友達といる時の顔

好きな男といる時の顔

全て違います




意識的に使い分けているわけではなくて

相手によって自分の立ち位置や心の在り方が違うので

自然にそうなるわけ




なのに


①「俺って誰の前でも同じで『顔』は1つだよ」

とか

②「あの人って誰に対しても同じ態度だよね」

って言う人が結構いるけど

そんなわけないじゃんね




①みたいに自分のことを言う人は

誰に対しても変わらないことがいい男だとか大人だとか思っているのかな

違うのに

ましてや②みたいに誰かの事を言うなんて

???です

そういうところしか見たことがないだけでしょーがと言いたい




実際

色んな方々から

あの人は凄いいい人だ

いつもポジティブでね

誰に対しても優しくて楽しい

と言われている人のそうではない部分を見てきていたことがある




私は少し辛くて嬉しかったけどね

自分だけが知っている『顔』があるという優越感

それと同時に湧いてくる愛おしさ






人は幾つもの『顔』を持ってるもの

心で泣いてるのに必死に笑顔でいるのもそう

嫉妬してるのに余裕かましてるフリしてみたり

好きな人の前で心を殺して何ともないような顔でいてみたり





だんだん話がまとまらなくなってきた~





つまり私が言いたいのは

人には

優しい『顔』も

残酷な冷たい『顔』も

いい『顔』も

悪い『顔』も

素敵な『顔』も

ダメダメな『顔』も





たくさんあるの

どれがおまえの『顔』なんだなんて聞かないでよ

どれも一人の人間が持つ『顔』だよ

それら全部で一人の人間なの




全部引っくるめて受け入れて





愛して欲しい