世間では、TVのおかげか、
”やられたらやりかえす、倍返し”
なる半沢直樹がはやっている様だ。
内容は、裏で手招いている、いわゆるずるしている人たちからの
汚名を返上するための倍返しなのであるが。
この怪我で得られたものは色々ある。
一つとして、人の本当の優しさと、困っているときにどういう対応をしてくれるのか
どういう事を言ってくれるのか、ということで、その人のなりというのもわかった気がする。
その後、その人とは仲良くしていくべきなのか否かについても・・・
また、一つとして、
歩くということが、当然ではないこと。
歩く事なんて、怪我をする前は当然出来ていた事であった。
それが手術し、歩くという事が出来ず、階段も1段を両足がそろう形での登り方になり、
本当に、身体の不自由さを体験し、歩けるようになるまで人の倍の長い試練を経験したおかげで、
杖をついているお年寄りや、若い人でも、以前よりももっと気になるようになった。
一応、バスや電車では、元気な時は、率先して席を譲ったりしていたのも手伝って。
ただ、現在の私は、杖はなくてもやってはいけなくもないのだが、
いかんせん長時間立ちっぱなし、歩きっぱなしは、脚にきて、歩けなくなったりするので、
杖は実は折りたたみながらも必ず持ち歩いている。
杖は、満員電車は、専ら免罪符代わりとなり、たっていても吊皮と杖で
身体を支えられるので、とっても役に立つのだ。
まだまだ、頼らなければならない杖があるということが、
普通の人よりは運動神経の良かった私としては、何とも、口惜しい限りである。
この怪我で得られたもの、いかに今後に生かすかについて、
最近は、よく考えている。
ただ単に、何かに生かしてこそと思う嵯峨なのかもしれない。
そして、得られたものについては、誰かに倍返ししたいとも思っている。
それはもちろん、与えてくれた人だけではなく、
他にも困っている人へ。
倍返し。
もちろん、誰かのためへの恩返しの倍返し。