幼馴染の訃報は、本当に信じられない。
まだ、人生の折り返し地点ではないか、そうも思うからだ。


幼稚園からクラスが一緒だった幼馴染の訃報を最初聞いた時は、
誤報じゃないのかと本気で思った。

その人は、幼稚園から身長も高く、強くて優しい人だった。

ガセではないと分かった後、
幼稚園と小学校1、2年しかクラスは一緒になったことが
なかったのではあったが、幼稚園時代の事や小学校時代の
事や、想像でしかない闘病生活などに思いをはせていた。


友人が、
連絡したいと思ったら連絡しとくべきなんだ
というつぶやきをしているのをみて、
何かしなくてはと、スマホの電話帳をみていると、
7年近く連絡をとっていなかった幼馴染Aの名前が眼に入ってきて、
これは連絡しなければいけないのではないかという衝動にかられた。


母と幼馴染Aの母同士は仲が良く、連絡は取り合っているにしても、
わたしとその幼馴染Aは、7年も全くお互いに連絡をとりあっていなかったため、
連絡すべきなのかすごく迷った。

でも、友人のその言葉が後押しとなって、身体が動いたのだ。

携帯の電話番号は変わっているかもしれないと思いながらも、
今しか連絡はとれないんだという思いから、まず、10コール位鳴らし
続けてみた。
一瞬繋がった様だったので、この番号は生きているのだと
分かったが、電話としては通話はできても、違う人が所有者かも
しれないといこともあり、少々ためらわれたが、それでも今しかない
そう思って、もう一度10コール位鳴らしてみた。
やっぱり相手は出なくて、諦めるしかないな、そう思っていた。

ところが暫くして、折り返しの連絡があったのだ。

電話先の声は相変わらず優しかった。


正直、訃報を聞いた時はショックで、でも涙までは出なかったのに、
その幼馴染Aに、訃報を伝えていると、声が震えてしまい、
涙が出てしまった。

その幼馴染Aは私の提案を了承してくれ、また連絡するねと
言ってくれた。

子供の時のちょっとした絆は、連絡が途絶えていたとしても、
すぐに繋がるものなんだなとそう思った。

軍隊みたいな小学校だったからかもしれない。
でも、その学校に入れてくれて今は親に感謝している。

訃報はどこまでの人に伝えるべきか迷う。
昨年の5月の訃報は、私の友人Aもそれで告別式の後に連絡したのだろうな
そう思った。

今回は運よく、通夜の前に訃報を知ることができたので、
何かしたいと思いに対し、連絡しても返信が早そうなメンバー
に声をかけてみた。
集められたのは10人だったが、もっと色々な人に声をかければ

よかったかものなとも少し思った。

その時、やれることをしたのだから、ベストな対応だったのだろう
とも思うけれど・・・

他界した幼馴染は身体も丈夫そうな印象も強かったので、
人生はどうなるかわからないものだな
そう思った。


生きている1日を大切に生きなければな、そう思った。


いつか、いつかではいつかはやってこないのだから、
思い立ったことはやるべきなのだ
そう思った。