ヴォイドシェイパシリーズの最終巻。


これまで社会というものを理解し始め、剣術を究めつつあるゼンが行き着く先はどこになるのか。


そんな読者の疑問や期待を裏切るかのような冒頭のプロローグ。この先どうなるのかまるでわからなくなった。ただ、あくまでゼンはゼン。その純粋無垢な姿勢は失われていなかった。読み手としては、この純粋なゼンが魅かれる。


本作で無になることと考えることについて、ゼンは考える。無になることで己の剣術を究めるのだが、そこは謙虚なゼン。考えることも社会で生きていくことに重要だと悟る。


『社会の関わり方と自分の在り方』をヴォイドシェイパシリーズは一貫して追求している。客観的に冷静に判断している主人公を見ていると、現代人もこうやって多くのものに触れ客観的に判断しなければいけないのだということが分かる。


社会の立場の上下関係についても、それは能力の差が絶対ではなく、組織として成り立つには役割や上下関係が必要であるのだ。そして、その役割をこなすことで人は使命を全うし満足する。こういうことにもゼンは気づく、冷静に気づくのだ。


まだまだ自分は社会に出て間もないが、ゼンのように気づき、冷静に判断することで、社会の関わり方と自分の在り方を模索していきたい。



以下、抜粋。

それもまた自分。迷っているのも、自分の姿であることは間違いない。(p114)


しかし、この刀が抜かれ、振られるときには、良いも悪いもない。生も死もない。理由などなかったのだ。(p145)


だが、どう出てくるのか、どう立ち向かうのか、そんなことは、どうでも良かった。(p301)


したがって、考えないことは、この場合は正しい。けれども、それが本当に正しいのならば、死こそが正しい、となる。(p359)


この世を治め、人を育み、皆が豊かになるためにも、まずは考えなければならない。(p360)