ヴォイドシェイパシリーズを読み進めているが、知人に勧められた本を読み一時の休憩を図る。


以下、感想。


小説の中で主人公は結局どういう存在なのかを思索すると同時に、今読んでいる読者が主人公をのぞくことで主人公と同じ状況になってしまっているのではないかと錯覚させる。そんなミステリー小説。


ところどころに含まれる回想や映画のエピソードも面白く、最後の最後まで飽きずに楽しめた。


小説を読み進めていくと、『自分ってなんなんだろう?』『描いているのは自分か、はたまた誰かが自分という人間を描いているのだろうか?』と、そんな生きる上で必要のないはずの疑問に直面する。でも、必要がなくたっていい、疑問に直面し、折り合いをつけることが人生では一番重要だから。


以下、抜粋。


想いにふける、スペキュレート。見張る、傍観するという意味のラテン語スペクラートゥスから来ていて、鏡を意味する英語スペキュラムともつながっている。(中略)事実彼は、自分がただ単に一人の他人を見ているだけでなく、自分自身を見つめているのだということに思い当たる。(p21、小説の在り方?)


ブラックに関する事実を埋める物語なら、それこそ無数に思いつくのに、未来のミセス・ブルーとなると、すべてが沈黙であり、混乱であり、空虚なのだ。(p25)


伝えようとしている事物を、言葉が見えにくくしてしまうことも時にはあり得るのだ。(p28)


だが、機会を逃すことも、機会をつかむこと同様、人生の一部である。起こりえたかもしれないことをめぐって、物語はいつまでも立ちどまってはならない。(p58)


たくさんの偉人があそこに行っている、とブラックは言う。エイブラハム・リンカーン。チャールズ・ディケンズ。みんなこの道を通って、教会に入っていったんだ。幽霊たち。そう、我々のまわりは幽霊たちであふれている。(p80)


書くというのは孤独な作業だ。それは生活をおおいつくしてしまう。ある意味で、作家には人生がないとも言える。そこにいるときでも、本当はそこにいないんだ。また幽霊ですね。(p82)


我々が見るものすべて、触るものすべて、世界中のすべてのものには色があるのだ。(p96)


そして、私は君を、私の死に仕立て上げた。君だけが唯一変わらないものなんだ。すべてを裏返してしまうただ一つのものなんだ。(p118)