山本文緒さんの作品は、90年代からずっと読み続けているんですが、
本作は2013年の作品ということで、時代背景のせいか、
山本作品の中でも特に重いテーマが描かれていましたが、
その分、読みごたえがありました。
故郷を捨てて久里浜で静かに暮らす冬乃と佐々井の夫婦のもとに、連絡を絶っていた冬乃の妹、菫が転がり込む。夫の佐々井がブラック企業に勤める一方で、菫の誘いで冬乃はカフェを開店することになる。また、芸人を辞めて佐々井の会社の後輩になった川崎は、勤め先がブラック企業だと気づきながらも、会社を辞める決断をできず、日々をやり過ごしている・・・というストーリーです。
何というか、不思議な読後感でした。
冬乃と川崎が交互に語り部となり日常生活が淡々と語られるので、
冬乃と川崎のブログを読んでいるみたいな感覚でした。
最初はわりと平穏で明るい内容だったのが、
物語が進行していくにつれて、
冬乃と川崎や周囲の人達の問題が明るみになっていき、
物語の深刻度が増していきました。
例えば、川崎が芸人を辞めるきっかけとなった出来事、
佐々井と川崎が務める会社でのブラック労働、
冬乃と菫と佐々井の家族間の過去etc.
また、不仲ではないが円満ではない冬乃と佐々井の夫婦関係や、
心の奥底に割り切れない感情を持ちながらかろうじて均衡を保っている
冬乃と菫の微妙な姉妹関係など、
本作では、山本文緒さんの人物描写や心理描写の上手さが光っていると思います。
本作は、読む人によっていろんな受け取り方ができる作品だと思いますが、
私は、冬乃と川崎の成長物語だと思いました。
ラストは、辛い状況の中にかろうじて一筋の希望の片鱗が垣間見えるものでしたが、
それがかえって、ご都合主義のハッピーエンドではなく、
リアリティがあって良かったと思います。