今週の一冊 “思い出”


“わたしの茶の間“
沢村貞子 光文社文庫
1982年単行本
1986年文庫版初版 1996年三刷

20数年前、母が亡くなる前に自室で読んでた最後の本。手に取るたびに、母はどんな気持ちでこの本を読んでたのだろう、と思う。

・・・

初めて読んだのは、母の死後、寝室の鏡台に置かれていたのに気づいた30代前半。

正直、そのころは、本の内容にピンとくることが少なかったが、50代に入った頃からふーん、と唸らされることが多くなった。

浅草の芸能一家に生まれ育った沢村さんが語る、昔の江戸っ子の粋できっぷのいい生き方、
衣食住に関わる暮らしの知恵、
女性・女優・人間としての生き方など。

人生の先輩からのアドバイスが、シャキシャキ爽やかな語り口で語られていく。


今読んでも驚かされるのは、まだ専業主婦が主流だった40年前、すでに70歳を越えていた沢村さんが、過大な女性の家事負担を男性にシェアしてもらうよう、男性側に繰り返しお願いしていること。


その生き方には、まっとうな古いものを大事にしながらも、”変えなきゃいけなきゃいけないことは変えないと”という明治生まれの柔軟な合理性があったと思う。

“しあわせとは、決して魔法のランプのようなものではない。
毎日の暮らしの中で「ああ嬉しい」と感じる、小さな点のようなもの。

その点が、ひとつよりふたつ、三つより四つと、数がふえて線になってゆくように。

そしてだんだん、しあわせの輪はひろがってゆく。“ 
P.167から

歳を重ねるごとに、母の糠漬けのようにその良さがじわじわ沁みてくる本。

全部で105篇。一気読みせず、ちびちび読むことをお勧めします。