先日、ある大手予備校で「入試数学」を教えているT先生に出会った。
これまでの教え子の中で、一番将来性のある生徒の話をしてくれた。
その先生が言うには、何と、その教え子が、
「近い将来ノーベル賞と獲ると思いますよ。ひょっとしたら2回受賞するかもしれない。」
それくらいの逸材なんだそうだ。逸材というより、百年に一度出るかどうかの天才級。
イチローよりすごいかも。
私にはそんなレベルのことなんかわかりようもないのだが、いくつもの証拠を示してもらって失礼な言い方だけど、まんざら風呂敷でもなさそうだ、ということは直感でわかった。
というのは、その教え子のイメージそのものが、いわゆる「学校秀才」というのをはるかに飛びぬけてて、スピード感のあるロケットビジネスマンのようだからだ。
孫正義とかホリエモンというか(ちょっとイメージが悪いかな)
大学3年の時に、たった6週間の短期海外留学の研究で、ノーベル賞受賞学者をうならせてしまったらしい。
今、その「天才」の情報を集めていて、いつかここにアップしたいと思う。
そしてT先生いわく。
「彼に物事を処理するときの発想は、受験数学の勉強を通じて私が教えたことなんですよ。」って。
私は正直内心では、「そら来た!」って笑ってたんだけど、その先生の実証主義的な態度から笑ってもいられなくなった。
T先生の話が事実なら、その「天才君」が、いつかノーベル賞を受賞した日には、このT先生は、一気にマスコミ・教育界の寵児になるでしょう。
「優秀な若者なんていくらでもいますよ。そういう優秀な若者を本物に育てていけるかどうかが、教師の仕事なんじゃないですか。」
T先生は今社会からは、その教育者としての発想と実績からはほど遠い評価に甘んじているのかもしれない。
でも、「世間とはそんなもんさ」って、涼しい顔をしているのが素敵だ。
更にT先生いわく、
「千里の馬は常にあれども、伯楽(はくらく)は常にはあらず。」
(原文;千里馬常有、而伯楽不常有。 韓文公「雑説下」より
千里を走る名馬は、いつもいる。しかしその名馬を見抜くことができる人物(伯楽)は、滅多にいない)
ヘタをすると鼻を突くようなセリフだったけど、一人の教育者の美学を語ってもらい、その「天才君」がいつかノーベル賞が獲った日を想像しながら、なんだかワクワクしながら帰途についた。