けど、『想像力の足りなさを気付かされるなー』と、今日思いました。
デマといわれる情報の拡散によって、そんじょそこらのドラッグストアの店員さんたちは、自分らのせいではないことで、怒られて謝って怒られて謝って、らしい。
いつもはニコニコと普通に買い物をしにくるあの人が食ってかかってくる。というのを想像するとキツいな(´・_・`)
ドラッグストアの店員ではない私は、彼ら彼女らの気持ちを、自分の底から込み上げるような形では共感することはできない。
でも、『ああ、この立場の人達はこういう目に遭って、こういう思いをしているんだな』と、自分の目が少し増えたような感覚になる。
ドラッグストアの店員は一例で、あらゆる職業、あらゆる立場の人達が、それぞれの境遇で煽りを受けて心を揺さぶられている。
そういうことに対する想像力、そこからの言葉選びを
私は!
していきたいなと感じています。
『今日のレッスンであのとき発したあの言葉は、あれでよかったのかな?』
常々、思い返してはモヤモヤしてしまいますが、いっそうその振り返りが深くなりそうです。
発すれば、誰かには心地よく、別の誰かには『なんだお前!』となるかもしれない。
でも、玉虫色の言葉では何も動かないこともある。
選んで発する、勇気や責任。
態度もそうだな。
最終的にはそうした気持ちに落ち着いています。
