こんにちは、ノブです。
『おしゃれなどうでも良い!』
『いや、俺、けっこう良い感じだし…。』
『黒い服が最強だろ』
…まあ、
いろいろ思うところはあると思います。
服が好きか嫌いか置いといて
ファッションは常に他人からの評価を受ける
という事を忘れてはなりません。
さらに、
我々のような教室内の弱者、
システムの犠牲者たる「陰キャラ」の服装は
総じてダサいという事を
忘れてはなりません!
もちろん、
例外も無くは無いです。
しかし、
傾向としてあるのは
否定しようがない事実。
もし、
ダサいファッションを
してしまっている人がいるなら
それは自らの陰キャラ性を
自らの手によって証明してしまっていると
強く認識してください。
また、決して
『俺はダサくねえし…』
などと高をくくらないでください。
ファッションとは
他人が常に評価します。
他人の視点でどう映るのか…
客観的な自己像を持てない限り
それなりにダサい可能性があります。
実際、
人一倍キモイ格好をしてましたからね。
僕は。
少し昔話を…。
大体いつもボトムスは同じでした。
幅の広い薄汚れた運動靴に
おばあちゃんが買ってくれた
「のびのび楽々ジーンズ」なる
謎のジーンズを履いてました。
この変なもっさりしたジーンズだけでも
そこそこのキモさを発揮していたのですが
さらに
ぱっつんぱっつんの革ジャンを
合わせるのがお気に入りでした。
履きやすいけど
ちょっとダサい(めっちゃダサい)ジーンズに
スッキリしたシルエットの
革ジャンを着たら
良い感じに締まって見えるのではないのだろうか
という魂胆です。
革ジャン自体はお小遣いを溜めて買っただけあり
非常に出来の良い物でした。
問題は
とんでもなくミスマッチだった事です。
下半身は
老人ホームにも違和感なく溶け込める
「楽々スタイル」。
上半身は
ちょいポチャの肉を締め付ける
「ぎゅうぎゅうスタイル」。
しかも革ジャンの下には
安っぽい英語だらけのTシャツです。
ベロンベロンに伸びたやつです。
革ジャンのカッコ良さで
誤魔化そうとする作戦は全く意味を為さず。
残念ながら逆に
革ジャンのカッコ良さが
僕のダサさを際立たせる
最強のアイテムとして機能してしまうという
非常に不本意な結果になりました。
それでも
そこそこカッコ良いと思っていたのだから
人間の自意識とは恐ろしいです。
人生のオウンゴールを決めようとしている人は
この記事を読んでください。
急にスタイリッシュになセンスを
体得するのは無理でも
最低限、
キモがられないために出来る事はあります。
それはとても簡単な事です。
「清潔感」と
「サイズの合った格好」です。
「清潔感」については
流石に出来ている人がほとんどだとは思います。
これが無いとどんなに良い人でも
誰も寄って来ないです。
包み隠さず言います。
汚い物は誰も見たくありません。
服の皺を伸ばしたり
襟首の黄ばんだ服は捨てたり
具体的に行動していきましょう。
次に「サイズ」の話です。
どんなに清潔でも
どんなに配色がおしゃれでも
サイズが合ってないと
どうしても野暮ったく見えてしまいます。
例えば
いくら額縁が立派で趣味の良い物でも
中に収められている絵と
サイズが合っていなければ
ダサいです。
むしろダサい事から目を逸らせません。
絵が良くても、額が良くても
例えば
それがいくらレアなギターで良い音がしても
ハードケースのサイズが合っていなくて
常に中でガタガタしていたらダサいです。
むしろその場合イライラするでしょう。
人の場合も同じです。
違和感なんですよね。
服に着られてる感というか、
ピッタリのサイズでないと
人はどんな服でも似合わないんです。
当然。
そうならないためすることは簡単です。
服は自分で買いに行き
ちゃんと試着してサイズを合わすだけです。
まとめ
どうでしょうか、
最低限度キモく見られない服装というのは
簡単に達成できると思います。
言い換えると
達成できないとキモイんで
達成してください。
ぶっちゃけ面倒ですけどね…。
僕も文明が滅びて
人類皆が半裸で過ごす未来になればいいな、
なんてたまに考えますからね。
ですが、
現実問題として現代社会で
裸一貫で貫くのも難しいので
僕も服を着て頑張っています。
次回は、最低限から一歩進み
ちょっとカッコ良いと言われる方法
に移って行きたいと思います。
アンチ無難爽やかファッション!!(個性が捨てられない陰キャラ専用)