「スポーツコミュニケーションズ」大木雄貴氏の心に響く記事より

一部引用します

 

羽生結弦を旅する~仙台で出会った「未来の星」たち~

 

2018年7月2日、現プロフィギュアスケーターの羽生結弦は国民栄誉賞を受賞した。

23歳での受賞は、個人としては史上最年少だった。・・・・・・・

 それから6年。

3月8日に宮城県利府町で行なわれた「羽生結弦 notte stellata2024」初日公演を取材した。公演後の囲み会見で、テレビクルーのひとりが「宮城の後輩スケーターへの思いは?」と問うと羽生はこう答えた。・・・「自分が納得できるクオリティーのスケートができているうちは正直、自分に集中しているだけで精いっぱい」 そして、続けた。

「僕自身が仙台からオリンピックに出場した偉大な先輩たちに憧れたように、僕なんかを見て、仙台からオリンピック出場やオリンピックでの優勝を目指して頑張ってくれる子が少しでも増えてくれたらいいなと思います。そのためにも、まずは格好いい姿を見せたいなと思っています

 羽生はワンマンショーを何度も成功させている。ショーに注ぐエネルギーの質と量については「1日1回滑ればよかった時より、今の方が(心肺機能など)アスリートとしての能力は上がっていると思います。出っ放しなので(笑)」と語っている。

 

 アイスリンク仙台の子どもたち

私は「ノッテステラータ2024」の取材翌日、アイスリンク仙台に足を運んだ。

そこでは「全国有望新人発掘合宿 東北・北海道ブロック選考会」が開催されていた。

羽生がこのリンクに多額の寄付をしているのは有名な話だ。

この場所があることで、救われている人々は多いだろう。

 

外の通路には、ウオーミングアップに励む小学生と思しきスケーターたちがいた。

笑顔の選手もいれば、緊張の面持ちの選手もいた。

私の目には、その光景が、キラキラと輝く満天の星空のように映った。

(文・写真/大木雄貴)

🔶羽生選手がオリンピックを目指したのはプルシェンコへの憧れと共に仙台に日本初のフィギュアスケート金メダリスト(荒川さん)がいたことも具体的な目標へとつながったのであった。

 

🔶さて羽生選手と一緒に戦ったことがスケートの大きな活力となった選手も世界中に多くいる。Number公式You Tubeの6人のアスリート(引退を含む)へのインタビューに宇野選手の言葉が載っていた。

宇野選手は競技時代のことを語っているがその言葉はそのままプロ転向後の羽生選手にあてはまることを強調したい

 

 

What kind of person is Yuzuru Hanyu?
 

「プレッシャーを自分の力に変えた

 ゆづくんの凄さ」

ゆづくんとも当初同じ試合に出ることが多くて

よく話したりしていたのですが

一つの試合にかける思いが人一倍強いので

だからこそ人よりも自分にプレッシャーをかけて

試合に臨まれていたと思います

それをはねのけるというよりも自分の力に変えて

ちゃんとそれ以上の結果を出し続けることは

本当に凄いことだなと思いますし

僕というスケーターをスケーターとして認めて

くれているのが近くにいても伝わってきた。

 

「どうしてあれだけのことができるんだろう」

一緒に戦ってきたのは羽生結弦さんとネイサンチェンさんです。

いつか一緒に戦いたい、いつか2人の間に食い込みたいと思っていた

失敗できないという局面であれだけの安定感を持ち続けて

ずっと第一戦で走り続けている2人というのが

考えられなかったですね

「どうしてあれだけのことができるんだろう」

とずっと思っていました。(宇野昌磨)

 

Numberと週刊文春の矛盾

この頃本当に痩せていて、、、

どれほどのプレッシャーを感じていたのか想像もできない

自分にプレッシャーをかけそれを力に変え期待以上の結果を出す

これはまさに単独公演で羽生選手が競技時代以上に高いレベルで実践していることなのだ

宇野選手の言葉は映像による発信であり

この内容は信頼できるものだと思う。

それは応援してきた私たちも強く実感してきたことであり

同じ試合を共に戦った彼はその体験から感じたことであろう

スケータートして認めてくれたということも

観客たちも感じていたことだ。そして

宇野選手の言葉に同じ文芸春秋社系列の週刊文春との大きすぎる矛盾に

気づいた方も多くおられると思う。

 

文春が宇野選手に取材もせずに作文していたという破廉恥な事実を

双方の記者たちはいったいどう思っているのか?!

Numberと文春双方に属している方もいるのだ

 

Numberは私もソチ後ずっと愛読してきた。

一番近い記憶は昨年羽生選手が3月にクリケットクラブを訪れた時の記事だ

あの記事には現地で取材したからこそ伝わる大きな感動があった。

 

クリケットクラブの後輩たちとの交流やコーチ達の話など

大切に保存しておきたい冊子であった。

その前のブライアンのアーサーインタビューも心に沁みるものだった。

また羽生選手の芸術性に注目したアーティストたちが彼のプログラムを通して語る

特集も本当に素晴らしかった。

 

Numberは10年以上も多くのライターや記者たちが羽生結弦について取材し

その軌跡を綴ってきた

それを一夜にして裏切ったのが同じ文芸春秋社の週刊文春だった。

(遠回しな書き方柄申し訳ないが、嘘を拡散したくないので矛盾という言葉に留めておく)

今度Numberはどんな路線で進むつもりなのか

しっかりと見届けたい。

そしてスケート連盟に問いたい

あの記事には連盟の関係者や選手が登場していたが

選手を守るべき連盟は何も知らなかったのか

取材を受けたのは誰だったのか

なぜ週刊誌に対して抗議しなかったのか

日本のフィギュア界を救った羽生選手を

貶める陰謀に何ら声を挙げないのか 信じられないことだ。

宇野選手にも言いたいことがあるが感情論になってはだめだ。活字にするのはやめたい。

 

 

 

 

 再生 175万回超えました!!!