ライブビューイング

3/8    (金) 17時開演

3/9  (土)16時開演

3/10(日)16時開演

 

 

 

羽生結弦〝衰えない集客力〟に同業者から驚きの声 ツアーの追加公演を発表

Yahoo!ニュースコメントの中でたくさんの方が羽生選手の素晴らしさを書いてくださって大変誇らしく思う

プロ転向2年近く経過しても、人気は衰え知らず。数々のアイスショーに携わってきたフィギュア関係者も「やっぱり羽生さんの影響力はすごい。1人で7000人のお客さんを集められるスケーターは他にいない」と目を丸くするほどだ。

 

 

 

羽生結弦さん前日リハで総仕上げYahoo!ニュース

 

 

 

映画館でチケット販売 8日0時より

 

 

羽生結弦×糸井重里 夢対談 7  

 限られた時間の中で 

 

氷上の練習は限られた時間なので羽生選手は練習の質を大切にしている

 

今はオンとオフの切り替えも良くできてるようだ

 

糸井さんに相談できる人はと聞かれてMIKIKO先生にはよく相談するとーこれはワクワクしてしまった

 

羽生結弦にとって勝ちとは何か

唯一無二の多面体・羽生結弦さんに、やさしく光を当てる糸井さん。

技術点じゃなくて芸術点のことでいうと、
羽生さんは自分の表現について、
どんなふうに考えていますか。(糸井さん)

スッと差し出された問いから今度は「芸術家・羽生結弦」が前面に出てくる。

すべてを込めて表現するけれども、
そこに余白があったほうがよくて。
人が想像できるその余白があるからこそ、

なにかしら伝わるものがあるのかなって。
(羽生さん)

これには唸った。僕は芸術とは、「まず表現したい何かがあって、その共感者を増やしていくもの」だと考えていた。芸術があって、それが他者に波及し影響していく。そのようにとらえていたのだ。しかし芸術家・羽生結弦さんは違った。「他者の存在」が前提となっている。受けとった人たちが想像をプラスしやすいように。自己を投影できるように。文化や歴史、人種や性別などの違いを超えられるように。つまり羽生選手の想定の中に、あなたも、わたしも、あの先輩も、そしてこの子も、「みんながいる」というところからスタートしていることが読み取れる。

 僕はドクターワークをやっていて、、高齢者施設やデイケアなどで羽生選手のポスターや写真を目にすることがかなり頻繁にあるけれど、それまでの人生を振り返る年代の先輩方に羽生選手が大人気である。「なぜここまで幅広い層に支持されるのか?」さまざまな理由があると思うけど、その起点に「人を選ばない」マインドがあるからだ、とすごく納得できた。

芸術と技術の話も衝撃的だった。これまで芸術と技術はある意味、対立概念として語られてきたように思う。「技術はあるけど華が無い」「これは芸術だから技術論で語れない」「技術じゃないんだよ、気持ちだよ、情熱だよ」至るところで、そんなような話を聞いてきた気がする。だけど羽生選手はどちらかを軽んじてはいない。難度の高い技術としてのジャンプ修得を己に課しつつ、
それらを内包した芸術性を追求している。

ぼくには自分が表現したい世界っていうものが
しっかりとあって、それを出したいんだけれども、
誰かの価値観に委ねられるものだけじゃなくて、
いわゆるわかりやすい難しさ、普遍的な点数、
みたいなものも同時に手に入れて勝ちたい、
って強く思っていた(羽生さん)

「勝っても負けてもいい」という話じゃない。「勝ちたい」であり、「競技における勝ち」をわかった上で、「羽生結弦にとっての勝ちとは何か?」が極めて明確かつ具体的に語られている。美しさ、調和、感謝に向かう芸術家が、同時に、勝ちに対して喉が渇き切っている稀代の勝負師であることがビシビシ伝わってくる。「言葉にできる」とは、それについて思考してきて言語で共有可能なレベルでとらえたということ。しかも羽生選手の場合、「気が遠くなるほどの回数、己の肉体に問い続ける過程」で掴んだ言葉である。