貴重な動画の数々は粘り強く続けてきた羽生選手の復興支援の歩みです。

どんどん見てこの番組への期待と信頼の大きさを示しましょう

 

 

 

W杯出場全32か国の本登録メンバー23人確定! | ゲキサカ

サッカーを見ていていいなあと思うのは

選手達がちゃんと自己主張をしていて

その主体性や闘争心が評価されることだ

あの緊張感も好きだ

そんなの当たり前と言われるだろうが

フィギュア界で羽生選手がはっきりものを言い

闘争心を露わにしたりすると何故か異端児の様にみられる

雰囲気があったのだ。

羽生選手は実にアスリートらしいアスリートなのである

では日本の勝利を祈ってサッカー人のお話を振り返る。

 

サッカー中西哲生氏の心を動かした

羽生&小平の戦い

さてサッカー解説でもなじみがありスポーツジャーナリストとして活躍されている

中西哲生氏が平昌五輪の羽生選手と小平選手について

とても印象的なことを書かれていた

「もう感覚だけではトップに立てない」と。

勝利の方程式というか理論も大事なのだ

まさにいまの日本のサッカーは考えるサッカーが

基軸になっていると思う

中西哲生

もう、感覚だけではトップに立てない  

中西哲生

元サッカー選手/ スポーツジャーナリスト/ 日本サッカー協会 特任理事

 

特に、素晴らしかったのは、

フィギュアスケートの羽生結弦と

スピードスケートの小平奈緒でした。

 

2人を見ていて改めて気づいたのは、

団体追い抜きやマススタートのような新しい種目は別として、

長く伝統的に行われてきた種目については、

もはや感覚のみで

世界のナンバーワンをとるのは難しい、

ということです。

 

 

2人とも自分の体やメンタルのメカニズムをわかっていました。

もともと研究熱心な羽生は人間工学、力学、運動生理学などを

学び、けがをしていた時期は特に、

その座学に時間を費やしていたようです。

 

つまり演技している時の

身体の動き、滑りのフォームが

どのように構築されているかという論理を、

自分自身が理解して滑っていたのです。

と同時に、そうした知識を十分に発揮するためには、

精神面の支えが不可欠だということも改めて認識しました。

 

ショートプログラムが終わった時、

羽生は「自分はオリンピックを知っている」と話していました。

最高級の技術を身につけたうえで、

さらに何が起こっても対応できるような精神状態をつくる。

技術を発揮するためのメンタルが

しっかり構築されていたことが大きいでしょう。

小平も、1000メートルは銀メダルに終わり、

500メートルは絶対に金メダルをとりたいという状況でした。

 

他の選手を打倒するのではなく、

あくまでもタイムを削るという同じ方向をみて、

0・01秒でも前に出るというイメージで

レースをしていたように見受けられました。

羽生も小平も、

まず自分を磨くという潔さを持っていて、

凜とした佇まいと自信が感じられました。

 

焦ることなく、力むことなく、

自信と誇りに満ちた演技そして走り。

そこから他のスポーツが学べることがたくさんあります。

パラリンピアンたちにも、こうした日本ヂカラに期待したいです。

 

追記

羽生選手はプロになっても「スポーツの感動」をすごく大切にしている

そのスポーツの感動を届けてくれたサッカー日本チーム

ブラジル戦は強い相手だったからこそ一瞬も目が離せないー緊張感と熱気に包まれた戦いだった。

 

 

前記事🔶美輪明宏さん追悼復刻記事より

中でもドラマティックだったのは羽生選手でした

 

多摩地域】梅雨を彩るあじさいスポット5選 | タマイーブックス ...

 

[未来の扉を こじ開けられたらいいなと思いながら

 平和で平穏な未来が少しでも長くみなさんに訪れるように

祈りを込めて 滑っていました」(羽生結弦)

 

 

キラキラ白いバラ 本数指定 | バラ・生花,白いバラ,本数指定 ...

「こんな世の中を生き抜く武器は

 愛の言葉しかありません。

 この世のすべての問題を解く鍵は愛です

 愛があれば戦争なんか起きません。」
             (美輪明宏) 

生前に直筆で残した言葉が胸を打つ美輪明宏さん。

美輪さんのご冥福を心よりお祈り申し上げます。

 

そして美輪さんが羽生選手について語られた言葉を

スポニチが取り上げています。

 

美輪明宏さん追悼復刻連載

20日に老衰のため91歳で死去した歌手で俳優の美輪明宏さんの連載を、

スポニチ本紙では約15年にわたって掲載していた。

「世直しトークあれこれ」(05年11月~06年12月)、

「明るい明日を」(08年1月~11年3月)、

「美輪の色メガネ」(13年2月~23年12月)で、

世の在り方を厳しい視線で見つめ、

時に悩める人々に寄り添い、

常に明日を生きる希望を伝えていた。

美輪語録が人気だった連載を再録する。

 

2018年3月4日掲載「美輪の色メガネ」  

メダルに輝いた選手もいれば、残念ながら目標に手が届かなかった人もいました。

・・・・ 結果はともあれ、

あの晴れ舞台に立つまで選手のみなさんは、

どれほどの努力と研鑽を積んできたのでしょうか。  

🔶そんな中でもドラマチックだったのは、

フィギュア男子の羽生結弦選手でした。

ご存じの通り、大ケガからの復帰。

約4カ月ぶりに出場したのが、オリンピックの大舞台。

 

私は前回のソチ五輪で金メダルを獲った時、

実は心配なことが頭をよぎりました。

それは、この世には「正負の法則」があるからです。

ひとことで言えば、「楽あれば苦あり」。

成功の後には必ず思わぬ落とし穴が待ち受けているのです。

幸運であればあるほど反動は大きい。

 

そして、昨年、アクシデントが起きました。

ところが、今回、その逆境を見事にはね返したのです。  

・・・・・・・・

しかし、計り知れないプレッシャーに打ち勝つ

トップアスリートたちの精神力の強さは、

常人には真似(まね)できるものではありません。

やはり、何か特別な才能を持っているのでしょう。  

 

🔶では、彼らから何を学ぶべきか。

それは、どんな時でも常に冷静沈着でいられる

ということです。

羽生選手は競技が終わった後の記者会見で、

「スケートが続けられないと思ったことがあった」

と明かしました。

それほどのダメージを受けたにもかかわらず、

日々、苦しいリハビリに耐え、諦めることなく

しっかりと目標に照準を合わせていたのです。  

 

肉体的にも精神的にもあれほどのショックに襲われれば、

普通の人間なら「もうダメだ」と

マイナス面ばかりに囚(とら)われ、

理性が感情に負けて、

あたふたしたり自暴自棄に陥ってしまうものです。

そうなると、本来自分のなすべきこと、

やるべきことを見失うばかりか、

苦しみから逃れようと目先の快楽や酒におぼれ、

人生そのものを棒に振ってしまうことにもなりかねません。  

 

ところが、羽生選手は、いかなる時も高みを目指して

冷静に対処し行動し続けていました。

クールに自分が置かれた立場、境遇を客観的に分析し、

どうすれば困難を克服できるかを緻密に計算していたのです。

 

「逆境は嫌いではありません」と、

こともなげにインタビューに答えていたのには驚きました。

・・・・・・・・

どんな苦難に遭遇しても決して感情に左右されることなく、

あくまで理性で判断を下し難題をクリアしていく。

その点を大いに学ぶべきです。  

 

ところで、羽生選手がフリーの演技で使用した「SEIMEI」は、

平安時代の安倍晴明が主人公の映画

「陰陽師」のテーマなどを構成したもの。

 

どなたの案か分かりませんが、あえてこの曲を選んだことも

摩訶不思議です。

ひょっとして古の呪術師の見えない力が五輪の魔物を封じ、

勝利に貢献したのかもしれません。 

 

 

 


 

 

 

 

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前記事🔶13歳から「羽生選手のDOI」

2021年は圧巻のマスカレイド&Toshlさんの願い

 

 

DREAM ON ICE

ドリームオンアイスの季節がやって来た

今年も選手たちが新たなシーズンのプログラムを披露している。

羽生選手にとって初めて出場したアイスショーがDOIだった。

イメージ 22008ボレロ

何と13歳でアイスショーにデビューしたのである。(2008年)

出場できたのは全日本ジュニア3位(ノービスだったが特別出演しての快挙)が高く評価されたからだが何よりゲストのジョニー・ウィアーと一緒に出演できたのが嬉しかったそうだ

結弦君だったらどんなミッションもポッシブル! Mission ...2009ミッションインポッシブル

私が忘れられないのはカナダに移籍して

カートさんに振り付けてもらったばかりの

ハロアイを初披露した2012年

羽生結弦 ドリーム・オン・アイス2012 (解説:日本語 ...

SEIMEIを初披露した2015年

そして現役での最後となった2021年に

「マスカレイド」を演じたことである

ドリーム・オン・アイスで『マスカレイド』を演じる羽生結弦

当時のニュースより

DOI(ドリームオンアイス)2021

今年も日本を代表するトップスケーターが集結する中で、

🔶6年振りの出演となった羽生結弦選手の演技には

特に高い注目が注がれた。

 

13歳で初出演した

2008年(ボレロ)から

20歳になる2015年(SEIMEI)まで

8年連続で出演し、

「ドリーム・オン・アイス」の舞台で、

まさに世界のトップスケーターへと

駆け上がっていく過程を見せてきた羽生選手。

 

6年という月日を経て9回目の出演となる

本公演に懸ける想いは相当なもので、

試合並みに体を作って臨んだことを明かしていた。

🔶『マスカレイド』(ToshI)のプログラムでは、

楽曲とまるで共鳴するかのような

全身全霊をかけたパフォーマンスが、

まさに圧巻の一言だった。

 

 
DOI2021のマスカレイドをご覧になった太田龍子さん
太田さんの美学がマスカレイドの魅力を語り尽くす記事を再度紹介したい
まずDOIのマスカレイドについてこんな感想が書かれていた

羽生結弦のマスカレイド

 

音を呼吸し、リズムと一体化し、曲も、光も、

その場のすべてを

自ら紡ぎ出しているかのような

絶対的な存在感。

 

開放を夢見つつ鎖を断ち切れない者の

苦悩、憎悪、執着、焦燥、戸惑い、etc が

氷上で鬩ぎ合い、

沸騰し、

中空を赤と黒に染めていく。

 

この様なマスカレイドを太田さんは

危機的な嵐の中の大輪のボタンに例えたのだ

開き切ったばかりの。

嵐の中の牡丹のように

 

羽生の「マスカレイド」は

開き切ったばかりの牡丹が

嵐にさらされているような、

危うく、妖しく、猛々しい姿が

たまらなく印象的だ。

 

「風吹牡丹という古来の意匠がある。

咲き誇る牡丹が

強い風に吹かれ、枝をしならせ、

花弁を震わせる姿を写したものだ。

綺麗な日本 画 萩 の 花 - 最高の花の画像

艶やかな大輪がしどけなく吹き乱される様は

爛漫と光を浴びて胡蝶が遊ぶ

平和な牡丹図とはまた違う

目をそらしがたい風情があって

日本画や工芸作品に繰り返し描かれてきた。

 

花はしばしば女性にたとえられるが、

牡丹は百獣の王・獅子と対をなすように

「百花の王」とも呼ばれてジェンダーレスに扱われる。

 

風吹牡丹は嫋々とした桜の花吹雪とは少し違って

初夏の青嵐に翻弄されながらも

容易には散らない秘めたる闘争心が身上だ。

 

羽生の煽情的でありながら

気品を失わないマスカレイドは、

嵐に揉まれ、

身をしなわせながらも折れない勁さが

人を惹きつける風吹牡丹さながらで魅了された。

 

 

エモーショナルで耽美な表現

花弁の色は

黒鉄を熔かした炎のような黒紅だろうか。

 

ここまでエモーショナルで耽美な表現は、

それこそ牡丹の花のように

瑕疵の無い美しさと、感覚の先を行く技術力、

そして自信が揃わなければ破綻してしまうだろう。

 

羽生の「マスカレイド」は一瞬たりとも目を離すことを許さず、

客席も、その場に居合わせない歌い手も、

電波の果ての時空を共にしない観客までも引きずり込み、

否応なくセッションに参加させてしまうような

空恐ろしい支配力を放った。

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太田さんは平和な空間で咲く花とは異なる
困難と闘う花の美しさと
エモーショナルで耽美なマスカレイドを重ねている
 

 

昔の DOIは海外のスタースケーターがゲストとして出演していた

羽生選手にとってもそれは素晴らしい学びの場であったし

かけがえのない刺激を受ける場だった。

プロになった羽生選手がゲストとして出演したら

選手にとっては一生の宝になるのではなんて思ったりもするが

 

Toshl 羽生結弦さん結婚へ祝福メッセージ「さらに大きく羽ばたい ...

羽生結弦さんと「紅蓮の弓矢」でコラボしたい!(Toshl)

Toshiさんがフィギュアスケート男子の五輪連覇者でプロとして活動する羽生結弦さん(31)とのアニソンカバーでのコラボを夢見ている。

「アスリートとして超一流な上に、

礼儀の正しさや感謝を忘れない人」

と尊敬のまなざし。

Toshl、羽生結弦沼にハマったことを告白 「もうズキューン ...

19年5月のアイスショーFaOIで共演し、

持ち歌「マスカレイド」などで羽生さんが演舞した。

今作ではGLAYのHISASHI(54)がギターで参加した

「紅蓮の弓矢」でのコラボを熱望。

「僕とHISASHIさんが並んで、

その前で羽生さんがパフォーマンスしてたら夢みたいですね」と声を弾ませた。  

 

Toshlさんは2019年のFaOIでのマスカレイドのコラボの思い出を何度も

自身のブログで振り返り、

そのたびに羽生選手へのリスペクトと感謝を述べて来られた。

あれから7年が経つが

今回もこのような形で共演の夢を語ってくださって

本当に胸が熱くなる。

私もマスカレイドが大好きで思い出すだけで胸が震えます。

 

関連記事2019年

マスカレイドをありがとう

 

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TOHOKU HEART」を推進する羽生選手

    ~ 伝え つながる 未来へ~
ファインダー越しに見た羽生結弦 カメラマン・坂本清が追った7 ... by坂本清カメラマン
「ゆづ×ゆずのコラボ」
&「TOHOKU HEART」をご存じですか
羽生結弦が「幾重」をフィギュアスケートで表現

 

 

震災伝承ソング「幾重」は

「TOHOKU HEART」の取り組みの一環として作られたのですね

 

TOHOKU HEART】東日本大震災15年 NHK東北の取り組み | NHK仙台

TOHOKU HEART(とうほく はーと)

「15年」の月日を受け止め、未来をひらく―

復興へと進む場所もあれば、悲しみや課題を抱え続ける場所もある。

時の流れとともに記憶の風化を危惧する声もある。

厳しい自然環境、相次ぐ災害、

これまでどんな状況が続いても

いつだって助けあい、力強く前に歩き出し、

未来をひらいてきた。

そんな東北6県で暮らすみなさんの

幾重にも重なり合う

こころの“あたたかさ”と“たくましさ”を

『TOHOKU HEART』 として表現し、

その想いをロゴに込めました。
このキャッチコピーを合言葉に、さまざまな取り組みを進めていきます。

 

過去の地震情報震度7

 

  ▼発生時刻 震源地 マグニチュード 最大震度
2024年01月01日16時10分頃 石川県能登地方
輪島の東北東30km付近
M7.6 7
2018年09月06日03時08分頃 胆振地方中東部 M6.7 7
2016年04月16日01時25分頃 熊本県熊本地方
長崎の東90km付近
M7.3 7
2016年04月14日21時26分頃 熊本県熊本地方 M6.5 7
2011年03月11日14時46分頃 三陸沖 M7.9 7

被災地と被災地を繋ぐ羽生選手

励まし合う東北と能登

<もしも断水が5カ月続いたら>

🔶羽生選手が訪問した能登

2年半前の被害は本当に惨いものでした。

最大震度は7。

全壊した家屋の様子に胸が痛み

(全壊 8,536戸 半壊 19,015戸)

水道管の破損もひどくて断水は5カ月も続いたと。

もしも自分の地域で断水が5カ月も続いたら、、、。

https://www.mlit.go.jp/common/001732467.pdf(能登半島地震の被害)

 

🔶東日本大震災も最大震度7

断水が5カ月続いたことも共通していますね。

どちらも余震の恐怖が長い間続きました。

東北では津波や原発事故という他にはない苦しみがあり

能登では豪雨との二重被災があって

どちらもあり得ないような苦労をされたことが

思い出されます。

 

被災地と被災地を繋ぐ羽生選手の活動に

心から敬意を表します

昨日今日と地震が続いています。

国を挙げて水道管など様々な耐震化に取り組んで欲しいと強く願います。


 

 

 

 

 

 

 

羽生選手every生出演は30日(火)!

 

 

地震と豪雨で二重被災した能登半島を訪問

「羽生結弦伝えたい思い」は温かい

前回書いたように3.11からずっと全国の災害に目を向けて復興支援を

継続している番組がnewseveryだ。

プロになってから羽生選手はスペシャルメッセンジャーに就任。

「羽生結弦伝えたい思い」のコーナーで

取材したことをスタジオからお茶に生出演で伝えている。

1年前には大船渡を訪問していた。

大船渡は地震と山林火災の二重被災だった。

 

そして彼は今回も二重被災地を訪ねる。

地震と豪雨に見舞われた能登地方でだ。

被災地の苦悩と向き合うのは大変なことだ

二重被災となればなおさらだ

しかし彼はその辛い思いをそっと温かく受け止め

聞き手に徹し交流の場を創り出してきた

だから「羽生結弦伝えたい思い」は
重たい話題だが温かいのだ。
 
今日本列島はどこで災害が起きても不思議ではない。
国民の防災意識を高めることはTVの重要な役割だ
だから地域の壁をどうかなくしてほしい。

 

どうか大きな余震が続きませんように。

2011年も3.11のあとの余震がずっと心配だったことが蒼い炎などに書かれていて

実際4月7日の余震でアイスリンク仙台は更に壊滅的な被害が生じたと支配人は語っていた

東日本大震災の余震

気象庁によると、4月7日に宮城県沖を震源として発生した震度6強の余震をはじめ、5月31日までに発生した余震は、最大震度6強が2回、最大震度6弱が2回、最大震度5強が6回、最大震度5弱が23回、最大震度4が135回観測されました。

 

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体験を伝える~震災伝承ソング「幾重」

羽生結弦スペシャルプログラム

日野百草

 

~舞の力も信じている~日野百草

東日本大震災の体験者として

 体験を、伝える。

 なるほど体験を伝えることはもっとも説得力のある行為だ。

 事件、災害、戦争――あまた体験者が、その苦しい体験を多くの人に知って欲しい、覚えていて欲しい、忘れないでと、伝える。

 歴史を、伝える。

 そして、それを伝え聞いた者が次代にその体験者と歴史を伝える。

 しかし体験者もいずれ世を去る。人の寿命は克服できない。・・・・・

 

 羽生結弦は誰と比べるでなく東日本大震災の体験者として、その体験者の想いという歴史を伝えてきた人に思う。言葉で、寄附で、そして、氷上で。

 言葉の力を信じている私だが、

それ以上に絵画や造形、舞踏の力もまた信じている。

 私の語り継ぐ長崎の原爆とするなら、絵画でいえば丸木位里の『原爆の図』、造形なら北村西望の『平和祈念像』だろうか。言葉とはまた別の力がある。彼ら被爆者の記憶が、彼ら被爆者の体験が私たちに「忘れないで」と語りかけてくる。

 ありがたいことに、羽生結弦もまた被爆地広島でその「忘れないで」を氷上から伝えてくれた。『Echoes of Life』広島公演とはそうした意味でも非常に重要な公演であった。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

この後は有料記事になっているが

「舞踏の力を信じる」という一言が全身を巡る気がした。

 

 

前記事🔶「幾重」全国放送に感謝

羽生選手の演技にお茶の間から届いたたっくさんの声

 

NHK「ニュースーン」での

「幾重」(ゆづ×ゆず)の全国放送ありがとうございました

 

一夜明けて報じられた地震情報は3.11が過去の話ではなく現在進行形でありまた大地震が日本のどこで起きても不思議ではないことを思い知らされ

繰り返される東北での災害のたびに被災者の方達の

フラッシュバックのことが心配で

心の復興の大切さを想う。そんな中

「幾重」のコラボは

心を癒し勇気を齎す歌や舞の素晴らしさを教えてくれる

 

震災15年とNHK仙台情熱のプロジェクト

今年は震災15年という節目の年で3.11の前後には

メディアも大きく取り上げますがどうしてもそれっきりになってしまう―そんな中で継続して報道してくれるのが日テレのeveryだったり東北の放送局ですよね

そして公共放送であるNHK仙台は見事なプロジェクトを立ち上げていた

🔶震災伝承ソング「幾重」の制作とコラボの実現

「花は咲く」は2012年復興支援ソングとして生まれ日本中で歌われ2014年に羽生選手がスケートで表現した。

一方今回の伝承ソング「幾重」はゆずのお二人が被災地の皆さんと交流を広げ深めながら作られた曲で羽生選手はそのたくさんの思いが詰まった歌を受け止めながらスケートで表現していった。また「幾重を自分と重ねて欲しい」というゆずの願いにも共感した羽生選手は自分の経験を重ねて振り付けていった

そんなところも彼は19歳の花は咲くから発展した経験ができたと思う

🔶「羽生選手とアイスリンク仙台」という視点

てれまさでは2日間で放送した内容を15分で全国に届けた仙台放送局。

その編集で胸を打たれたのは「アイスリンク仙台」という羽生選手のホームリンクの存在を大切に紹介してくれたことだ。

「羽生選手は4年前プロになってからも

ずっとここを拠点に練習を続けている」と。

15年前リンクの氷が波打っていたというアイスリンク仙台には

一生消えない恐怖の記憶が残るが

同時に人々が力を合わせて

蘇らせ支えてきた尊い歴史があるのだ。

彼の1億円にも及ぶ寄付も大きな支えとなっている。

もちろんそこまでは伝えられないにしても

羽生選手が故郷のこのリンクを大事にしている姿は

氷に手をついて感謝の礼をする場面からも伝わって来て

そのアイリンから羽生選手のメッセージと

練習風景も届けられた。そして

報告してくれた松島ディレクターの誠実な語りにも

共に歩んできた信頼関係が感じられて嬉しかった。

そして羽生選手のエアリーなスケーティングとジャンプがゆずの優しい歌声と溶け合ってその世界観に引き込まれていった「幾重」は全国に届けられた

 

🔶「ニュースーン」から全国へ

スタジオでは「幾重プロ」紹介の前に視聴者からのメールが紹介されて

プログラムへの期待の歓声が上がっていた。(これが大事なんだ)

演技が終わってアナウンサーからこんな瑞々しい言葉が!

「羽生さんの演技って、美しさもあってそこにしなやかさがあって、

今回そこに儚さが加わったような気がして。

色んな人の思いだったり、ご自身の人生を重ねて演技されたんじゃないかな」

「お気持ちは色々あるてしょうが、私は、最初の羽生さんのジャンプと音楽がもう!すっごく合っててそこだけでも感動するような、演技でした。」

 

仙台放送の制作した情熱のコラボ作品を全国に広げる

その最初の橋渡しが24日のニュースーンでした。

この全国放送は今後ミニ番組として継続していくのか

ぜひぜひそうなって欲しい

番組は感想を求めているので是非メールやファックスで番組に送りましょう

 

 

 

「幾重」全国放送のXより

🌹歌詞にリンクした振り付け…😭 羽生くんはなんて優しくて丁寧な人なんだろう😭 @akimarkunn
🌹張だったので、先程ようやく帰宅して録画を視聴。 #羽生結弦選手 は、震災で傷ついた全ての人に対して優しく寄り添い、常に利他的な活動を続けている。 さらに今回の「#幾重」は、ご自身の人生や背負った傷さえも向き合い、歩んでいこうとするその強さも見える舞い。 全国放送に感謝します。 @YurikoOofficial
🌹ニュースーンの放送見れたー!! テレビ画面で見ると改めて、込められた想いに目が熱い…😭✨ ゆずの歌声とメロディと歌詞に優しく儚く、でも確かに力強く共鳴するスケーティング。 幾重に重ねていくジャンプは今生きている人の生命力のよう✨ 全ての瞬間が美しい…😭👏@pon_Bdcsrgcz

🌹羽生さんの思いを込めた『幾重』の演技が地上波でたくさんの方々に見て頂けてよかった✨ 早速、「歌もスケートも凄く良かった。羽生さんの演技は心に響くね」と知人より連絡が入りました! 

🌹しなやかで美しくて柔らかで 優しくてあったかくて でも力強さもあって 本当に素晴らしいプログラム 寄り添う気持ちが溢れてる 込めた想いがありありと伝わる まるで抱えた痛みをそっと撫でてくれるよう これからも多くの人の目に触れる機会がたくさんありますように@smyy5123
🌹全国放送ありがとうございます。 羽生くんの演技はやはり胸を打つものがありますし、彼の優しさと誠実さがテレビ越しにも伝わるプログラムでした。震災後15年という月日、ずっと支援活動してきた羽生くんのスケートはやはり唯一無二😢 
@mvw3ZqK9XayxqAH

🌹本当に丁寧に作ってくださった番組 感謝の気持ちと共に ゆずさんの楽曲での 羽生結弦さんの想いを込めらた スペシャルプログラム『幾重』 只々胸がいっぱいの気持ちになり 次から次へと涙が溢れ出てきて 余韻に浸っております(涙) 本当にありがとうございました(涙) @kamkoko2012
🌹本ジャンプの音ハメについて語っておられたデスクさん⛸️に詳しい方なのだろうか…? 詳しくない方(⛸️見慣れてない方)ほど、そこに大きく心掴まれる気がする (家族調べ)@yakkoskate
🌹間に合った〜 家に着いたのが4時半近くだったのでもう終わったかな?と思いながら見てました 流れた! てれまさで2日間流れたものを編集して流してくれました  NHK仙台様、ニュースーン様 全国放送ありがとうございました😭 録画出来ましたので、何度も見る事ができます🥰
🌹 今日はNHK総合テレビで全国放送していただき誠に有難うございました 沢山の方々の目に触れ 傷ついた心も 誰の心にも優しく希望の灯💫✨ 楽曲からと 羽生くんの魂の祈りの舞で受けとれ 伝承され繋がる意義に感動します 
@Ru16941336
🌹#羽生結弦 さんの ふわっとしたバレージャンプの様な瞬間が大好きです🩷✨ 柔らかくて優しい #幾重 の ゆづ さんの歌声と、羽生結弦さんの演技が重なって、とてもとても素敵でした✨ #NHK 様、全国(総合)で放送、ありがとうございます🙇

t7o3m9o

🌹全国放送ありがとうございました🥹 練習風景や舞台裏から羽生さんの想いも伝わり、幾重を見る度にゆずさんの歌声と羽生さんのスケートが心に深く響いて涙があふれます。 そして前を向く力をもらえます。 これからもたくさんの方に届きますように✨ @eDYLuxJL8eOl68q
🌹職場の待合室の大きいテレビ画面に羽生さんが映るとおじいちゃん、おばあちゃんはもちろん職員も『あ、羽生結弦だ、羽生くんだー!!』と見入ってました✨️ やっぱり羽生結弦のスケートは美しく過ぎてみんな目が離せなくなる…🌸 
@uo86bora
🌹滑り出す前、カメラがリンクを映すと氷がキラキラと輝いてて… そこから遠くの羽生くんに合わせるとまるで星空の下の湖にいるようだった。 曲にも演技にも、きっと多くの人の傷跡が優しい痛みになっていく@melonpantsu

🌹決して激しく感情を剥き出しにするわけではないのに、静かで柔らかいその演技から言葉では言い尽くせないほどの様々な想いが伝わってくる。 彼もまた我慢強い東北人のひとり… 美しいハイドロが本当に海のようでした🥺 @usamayu_YH4A
🌹#ニュースーン を見ながら丁度届いたS-styleの #幾重 の記事を読んで、改めてゆずさんと羽生くんのコラボの演技に胸がキュッとなった ホントに優しい人達…😢 全国放送で、きっと沢山の人に想いが届けられたよね
 人は生きていく中で 耐え難い悲しみに遭う 大きな喪失や傷は一生消えることはない 「少しでも傷がやさしい痛みになれるように」by #羽生結弦 悲しみ苦しみを抱えて生きる人に心から寄り添っている言葉😭 私もあなたの言葉たちにいつも支えられて生きています
@nhk_newsoon
🌹友人に本日のNHKさん『幾重』お知らせ📢 「ゆずくん素晴らしいね👏 全然変わってなくてびっくり‼️」 「優雅で綺麗~さすが結弦くん 王子さまさまです ゆずの幾重の曲も良いね ○○ちゃんの推しがわかります 久しぶりに感動しました ありがとう☺️」と頂きました@0new3s1map3

 

 YouTube 

メンシプに羽生選手のメッセージが届いています!

 

追記

ついに幾重の全国放送が実現しました。心洗われる様な美しい演技と共に改めて気づかされたのは羽生選手とNHK仙台放送が共に前に進もうとする姿でした。公共放送の矜持を見せてくれました。それを可能にしたのはゆづとゆずの存在ですよね。あとで感想を書きます

本日24日NHK「ニュースーン」4時台に

「幾重」全国放送

幾重』羽生結弦とゆずが紡ぐ震災伝承の舞 「てれまさ」で6/11 ...

「幾重」は、NHKが東日本大震災の経験を未来へとつなぐため、ゆずと共に制作したNHK東日本大震災15年震災伝承ソング。宮城県仙台市出身で被災者でもあるフィギュアスケーター・羽生結弦は、自身が「幾重」に勇気づけられた経験から、「幾重」の世界観に合わせてオリジナルのスペシャルプログラムを創作し、披露した。その模様が、去る6月11・12日に宮城県域のNHK「てれまさ」TOHOKU HEART コーナーで放映された。今回は、「午後LIVE ニュースーン」内での全国放送となる。

 

ananの表紙を飾るのは9回目で

撮り下ろしが11年ぶりなのです。

表紙解禁。この表情が良いですね!!

 

anan

🔶 プロフィギュアスケーター・羽生結弦が7月1日発売の『anan』の「2026年後半、あなたの恋と運命」特集号に登場。地元・仙台の極上和空間で、圧巻の美しさを醸し出し、スペシャルエディション表紙を飾る。

同誌では、至高のグラビアのほか、前人未踏の道を切り拓き続ける若きレジェンドの「伝説のその先」に迫る超ロングインタビュー掲載

 

🔶何度も(9回)氷上での姿を同誌表紙に飾ってきた羽生だが、

撮り下ろしは2015年12月以来、11年ぶり。

羽生結弦が「anan」の表紙に登場 フィギュアスケート選手では初

高級感あふれる上質な和の空間を舞台に、

特別加工の表紙から中面のグラビアのすみずみに至るまで、

端麗で透明感に満ちた圧巻の美しさを披露する。  

撮影では、モードさ、爽やかさ、熱さ、瑞々しさなど、

多彩な表情を引き出すルックを展開。

 

🔶前人未踏の現在地を解き明かすロングインタビューでは、羽生の胸の内に迫る。

自身が制作総指揮を務めるアイスショー「ICE STORY」の創造の源泉や、今だからこそ高い解像度で明かされる現役時代の思考、そしてプロとして切り拓く未来の景色をじっくりと掘り下げている。

常に挑戦を続け、「ピークはまだこれから」と言い切る羽生の胸の内や、現在地に迫る等身大の熱いメッセージにも注目だ。

さらにインタビューに加え、羽生の素顔や内面に迫る「70問70答」企画も実施。

「表現のこと」「体のこと」「暮らしのこと」「偏愛のこと」「心のこと」という5つの切り口から、ここだけのエピソードを披露する。  

🔶特別付録には、羽生の撮り下ろしカットを余すところなく堪能できる、スペシャル両面フォトカードが。部屋に飾れるポストカードサイズ(両面4枚)と、スマホケースに挟んでいつでも一緒にお出かけできるミニサイズ(両面8枚)の計12枚(両面仕様)で構成された、切り離せる贅沢な厚紙フォトカード付録が同封される。

 

 

 

アスリートは負けず嫌い

サッカー・ワールドカップのスポンサーは世界経済の情勢を反映し ...

躍動するサッカー日本代表の人物像が日々紹介されているが

総じて「負けず嫌い」という共通点が見えてくる。

羽生選手も自他共に認める根っからの「負けず嫌い」だ

富山でも素敵なTシャツありがとうございます。#冗談は顔だけにして Tシャツ負けず嫌いと

羽生選手の「負けず嫌い」が挑戦の原動力

2016年に織田さんが4Lo解説で言った言葉だ

加えてこのブログの中で羽生選手の負けず嫌いには

特筆すべき特徴があるということを書いていた。

それは彼の言動でしみじみ感じた事だった

「羽生選手の負けず嫌いは

 順番とか点数だけではない.」

➊良い演技や良い試合でなければ

勝っても納得できない

❷皆がマックスで闘う試合で勝ちたい。

❸リスペクトするライバルにこそ勝ちたい!

 

以上 Bluedragonの分析だが

AIはこれらに気づくだろうか?

きっと気づかないだろうと思った。

私が得た情報をAIは学んでいないと思うからだ

一方なるほどと気づかされることもある。

以下引用する

 

負けず嫌い羽生選手の場合

🧠 メンタルの特徴

負けをただの失敗ではなく「次へ進むための材料」として分析する理系っぽいメンタルが強いです。世界選手権での発言やドキュメント記事からも、感情だけでなく論理的に自分の演技を振り返る姿が伝わっています。(number.bunshun.jp)

🔥負けたあとの行動

負けた後に「次はどう勝つか」を徹底的に考え、プログラムや練習方法を変えてくるタイプです。過去にライバルに敗れたシーズンでも、その悔しさをエネルギーにして次の試合で大きな得点差をつけて勝ち返したエピソードが多く語られています。(renote.net)

🎯 こだわりとプライド

音楽選びや構成、衣装にまで「自分らしさ」を強く出し、そのうえで結果も求めるので、プライドは高いけれど努力で裏付けるタイプです。プログラム曲への強いこだわりや、自分で編集までする姿勢がその表れといえます。(post.tv-asahi.co.jp)

 

いよいよ「幾重」全国放送デビューの日がやって来た

24日(水)NHKニュースーン4時台

【6/24(水)のニュースーン】 3時台:美術探偵アルテュール・ブラントに密着! 4時台:#羽生結弦 さん × #ゆず 震災伝承ソング「幾重」 5時台:国産コーヒーが人気?生産者の奮闘拝見! ▼メールはこちら▼ nhk.jp/g/ts/J16986GZ3… pic.x.com/SjnrAxG7lC

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こちらはスピードが魅力のコラボです↓

 

BOW AND ARROW:羽生結弦SPバージョン

羽生選手は去年3月に米津玄師さんのMVに出演した

振り付けは自分でSPバージョンを創り上げたがスピード感が半端なくてそこで30歳の4Lzを成功させた彼は根っからのスポ根アスリートなんだけどそれだけじゃない。彼の4lzは美しいのだ

2025年 3月13日公開   

https://youtu.be/Wcza_Do4IoY?si=2mdUwizdi3JuaEq

4Lz/3A/4S3T

 

前記事🔶「羽生結弦×二宮清純」のあれこれAIとか鉄人とか

 

水彩画『紫陽花』 【公式通販】

今夜は東北地方で5分Ver.初放送ですね

23日(火)夜11:45(5分)

そしていよいよ明日は

24日(水)「幾重」の舞全国放送

(4時台に変更)

NHK「ニュースーン」で

4時5分よりプログラム&練習風景も!


 

 

 

 

AIは大丈夫?

最近非常に気になっているのがAIはフィギュア界のことや羽生選手のことを正しく伝えているだろうか?ということだ。

とはいえ莫大な電力消費を考えると控えめにしかチェックできないが検索の仕方やサイト時間帯によってバラツキのひどさに眩暈がすることがある

例えば毎回楽しみにしている「二宮清純フィギュアスケートコラム」については下記のグーグルはほぼ事実に沿っていたが事実と大きく違うところもあった。ここではグーグルの答えを紹介する。二宮さんが熱く語ったトレーニングについての記述がないのは残念だが。

まず「二宮清純 羽生結弦」では二宮氏が羽生選手について多くの記事を公開していることやその内容について答えるが二宮氏が羽生選手を高く評価しているという大事な側面をきちんと表示しているAIは学習能力が高いことがわかるし、いろいろと違いがあるのだ

二宮清純×羽生結弦

スポーツジャーナリストの二宮清純氏はプロフィギュアスケーターの羽生結弦さんに関するコラムを数多く執筆しており独自のスポーツ論から彼の精神力やパフォーマンスを高く評価しています。

特にJCOMが運営するサイトの連載「二宮清純フィギュアスケートコラム銀盤のカーテンコールなどで定期的に羽生さんの活動を取り上げています。」

 

二宮清純フィギュアスケートコラムの主な特徴

🔶国内外で幅広く取材活動をしてきた二宮清純氏が

独自のスポーツ科学的心理学的視点で

スケーターたちの魅力に深く迫る書下ろしコラムです

🔶近年は特にプロフィギュアスケーターである羽生結弦選手

アイスショーや「体・技・心」の進化、肉体のメンテナンス、アスリートとしての精神力をテーマにした記事が多く掲載されています。

🔶最近のコラムでは

羽生さんが役8カ月のメンテナンス期間を経て開催した

REALIVEについて言及しています

着氷時に足首にかかる尋常ではない荷重が(体重の)5から8倍 という

科学的データを交えながら

度重なる試練を乗り越える羽生さんの精神力を讃え

鉄人の称号が相応しいと讃えています

というふうに

実際の記事についてのまとめが続く

 

羽生結弦「鉄人」へのメンテナンス

 

スポーツジャーナリスト二宮清純と「鉄人」

二宮氏はスポーツ全般を取材しているわけで

中でも野球の名選手たちのタフさや継続力を

「鉄人」といった表現で語ることが多く、

レジェンド投手や名打者の勝負強さを掘り下げる評論を

多数発表していると言われている。

 

しかしフィギュアスケートコラムでは羽生選手に対しても

アスリートらしい強靭さをトレーニングなどを取り上げながら

熱く語り讃えて来られた。

そして羽生記事に鉄人の言う言葉が自然に使われているのだ。

二宮清純、羽生結弦についてAIによっては表現を中心に描いている
と答えたりする。それはもちろんだが実際はスポーツ科学に基づいた
フィジカル面の深い内容も多いのである。
AIの答えには見事な答えもあれば悔しいことに
「木を見て森を見ない」事実と乖離したものもある
大事なことはまず正確な情報や優れた記事がNET上に並ぶことだ
良識ある記事にたくさんのアクセスが集まるよう日々祈る

 

羽生さんとは10年近く一緒にお仕事をさせていただいていますが、

彼はただ衣装を着て形を作るだけでなく、

その衣装と音楽の世界観を自分の中に完璧に取り込んで、

新しい「キャラクター(人格)」を作り上げて表現してくれるんです。

(伊藤聡美さんトークイベントにて)

 

 

🔶氷上で、衣装たちは彼の美しいスケーティングと共に輝く

幼い頃から基礎を丁寧に厳しく導かれてきた羽生選手の美しいスケーティングがさらに世界最高のレベルに進化したのには1つのターニングポイントがあったと語る人がいた

 

至高のスケーティング物語

<羽生&パトリック>スケーティングの共通点

(高山真著「羽生結弦は助走をしない」より)

スケート愛を綴り続けた高山氏は2人のフィギュアスケートのスケーティングを高く評価し

次のような共通点を上げている

テレ朝特番】スケート靴と羽生くん | 羽生結弦さんの見つめる先 ...

🔶膝と足首の柔軟性を最大限に生かしていること

🔶厳密な体重移動を実現しているため

瞬間的に正しいエッジに載っていること

そのため乗った瞬間より流れの中でスピードが速まる事

🔶「一歩」の距離が非常に長いこと(カナダで特に進化)

🔶8種類の組み合わせその踏みかえの複雑さや正確さが素晴らしく

それが曲の音符やリズムと見事に融合していること

一方羽生選手の個性特徴としては

信じられないほどのスピードを出しつつ

美しい「エアリー感」を実現していることと

故高山真氏は2人へのリスペクトを書き残してくださった。

パトリックの背中を追いかけた羽生選手は進化を続け

演技構成点のスケーティングでも世界最高の評価を得てきた

彼は何故ここまで成長できたのか

父の日に寄せて

そのターニングポイントになった出来事を明かしたい

父の日に寄せて(2)

そのターニングポイントについて語ったのは
羽生選手のお父様だった

インタビューが行われたのは2012年つまり

羽生選手がカナダトロントのクリケットクラブに移籍した

年のことだ。

息子の思い出を語る父親の言葉には

親子の深い絆が感じられ心に強く響いたのである

 

羽生選手が父に語ったロシア杯の衝撃

2012年の記事です

17歳の羽生選手の評価も興味深い

「羽生結弦 夢のかなたに」より・・・・・・・・・・・・・・☆

2012年世界フィギュアスケート選手権 - Wikipedia

17歳の世界選手権銅メダリスト。

日本の男子フィギュアスケーターとしては、

史上最年少の若さで世界の表彰台に立った男、羽生結弦。

すでに誰もが認める成績をあげ、

爽やかな風貌とキャラクターで、

人気も急上昇中のアスリートだ。

このまま成長すれば、

日本のフィギュアスケート史を

塗り替える選手になることは間違いない。

羽生結弦選手優勝、高橋選手2位でファイナル出場を決める-2012NHK杯_b0038294_13482134.jpg

🔶彼を取材していて、とても興味深いこと。

それは、メンタル面でもフィジカル面でも

スーパーアスリートだけが

感じること、経験することを、

実にわかりやすく語ってくれることだ。

 

たとえば世界で数人しか跳べない

ジャンプを手中にする時の感覚、

日々の練習で限界まで滑った時の身体の変化、

大一番を前にした時に感じる陶酔……。

そんな、

決して常人には実感できない心情や感覚を、

言葉で理解させてくれる選手だということ。

 

世界一のスケーティングをめざして

~羽生選手の父の話~

トロントの基本情報 | トロント留学センター

「息子が外を向いたきっかけ」

「結弦はパトリック・チャンの『音』を

 聞いたんです」

🔶2012年、夏 数ヶ月前に17歳の愛息を

カナダ・トロントへと送りだした父は振り返る。

あれがターニングポイントだった――

今になってそう思えるのは、

2010年秋のGPシリーズ、ロシア杯。

 

ロシア留学の費用やメリット、人気都市やおすすめの学校は? – 【留学タイムズ】手数料0円・HIS提携の留学エージェント

シニア1年目のロシア杯(15歳)

ここで初めて同じ舞台に立ったパトリック・チャンの「音」を

羽生結弦は聞いたのだ。

「衝撃の音」

「ゴオオオーという、音。

公式練習中、聞いたこともない音に振り返ったら、

チャンが滑っていたのだそうです。

結弦がそれまでめざしていたのは、

音のしないきれいなスケーティング。

でもチャンは、

結弦がお手本にしていたスケートよりも、

もっと深くエッジを倒している。

いったいこの音は何だろう? 

そう思って、ずっと聞いていた。

試合前だというのに、

ウォームアップも忘れて、聞き入ってしまった。

それで、ロシア杯は惨敗です(笑)」

 

 

🔶確かにその試合の終わった後、報道陣を前にして

彼自身も盛んにチャンの話をしていた。

羽生「今回初めて、一緒に滑ったんです。

世界で一番スケートが上手いといわれてるパトリックと! 

彼のスケートの音を聞いて、見て……。

あれ、こんなにエッジを

深く倒してるんだ、って驚きました。

倒しても滑れるんだ! って。

チャンのスケートを見て、感じて……もう僕、

最後の練習ではジャンプを跳んでなかったですね。

スケーティングの練習しか、してなかった! 

ああ、前よりも滑るううっって思いながら(笑)。

おかげで滑りの感覚は、

ちょっとつかめたと思います」

(10年11月、羽生結弦のコメント)

初心者は特に気をつけて】スケート靴の刃(エッジ)の定期的な ...

フィギュアスケートの靴についているエッジ(刃)は、

実際に触ってみると思ったよりも厚みがある。

一般レベルのスケーターはこのエッジの氷に接する「面」

すべてを使って滑ることが多い

しかしスケートが巧い、といわれるスケーターほど、

エッジを大きく斜めに倒し、

より深い角度で滑ることができる。

氷に接するのはもはや「面」ではなく「線」。

エッジと氷との間の抵抗が

より少なくなった彼らの滑りは

流れるようにシャープで、スピードもある。

「ディープエッジ」「エッジがディープ」という言葉が、

そんな滑りのできる選手へのほめ言葉だ。

ディープエッジの持ち主は日本にも多いが、

彼らとも違う滑りの深さを、

羽生結弦はパトリック・チャンに見たというのだ

一般的に良しとされる「音のしない滑り」とも違う、

「世界最高の滑り」の本質は、何なのか――?

 

ロシア杯から帰った後も、

彼はずっと考え込んでいたという。

父「耳にこびりついて離れない、

パトリックの『音』。

そのなかで、

彼は外を向いたんだと思います」

//////////////////////////////////////////

結弦は外を向いたとは

目を世界に向けたということだ。

そして彼は海を渡った。

オーサー元コーチとパトリックチャン

クリケットクラブに移籍した羽生選手を待っていたのは

徹底したスケーティングの基礎練習だった。

そしてオーサーコーチが目指していたのは

パトリックチャンのレベルのスケーティングだった。

つまり羽生選手とオーサーはどちらも

パトリックチャンに近づき超えることを目指していたのだ

実際滑りの一歩の長さを伸ばすことなどパトリックに学び

大き那武器となった。

もちろんスケーティングには選手の個性があり

夫々の良さがあるが羽生選手のスケーティングは

クリケットクラブでの厳しいトレーニングで

着実に磨かれていったのである。

写真特集 - 演技を終え、得点発表を待つ間、コーチのブライアン ...

移籍した2012年さっそく結果を出したのが

NHK 杯 2012 の優勝だった。

2012年末には全日本初優勝を達成

スケーティングの進化はジャンプを含め全ての土台となったのだ

パトリックの音を聞いて4年経った2013年のGPFd

羽生はパトリックに勝利した。

その時SPパリの散歩道のPCSは羽生が勝っており

それはパトリックにとって大きなショックだったという。 

羽生結弦の成長の原動力は「研究心だ」

と改めて思う

 

[幾重]ミニ番組次回はいよいよフルバージョンです(東北地方)

23日(火)夜11:45(5分)

 

前記事🔶

 

梅雨を彩るアジサイ|上手に撮る方法をプロが紹介 ~吉住志穂 ...

震災伝承ソング「幾重」スペシャルプログラム

NHK地上波放送が始まった

羽生選手が競技を離れて一つだけ寂しいことは誰もが見れる地上波放送で
一般の方に彼の演技を見てもらうことが難しくなったことでした
それでもeveryでは nottestellataの演技を放送してくださったり
テレ朝でICESTPRYの特集があったりそんな貴重な場面もありましたが

今回ついにプロ転向後初めて東北地方からNHK地上波での放送がスタートしました。

何より震災伝承は彼のライフワークであり19歳の「花は咲く」から

12年になることも感慨深いですね

震災の経験を伝え未来へつなぐ「幾重」に

羽生選手も勇気をもらった

「自分自身が取り残してきた、ふたをしてきた過去の自分に対しても『大丈夫だよ』と言ってあげられるように変化してきたかな、と。『幾重』という楽曲にそういうふうにしていただけたというのもありますし、この楽曲の演技を見た時、“ちょっとでも前に向こう”“傷をかみ締めながらも未来に向かって”と思っていただけるためには、やはり自分自身がそうなっていかなきゃいけない。すごくいいきっかけをもらえたなと思っています」

 

NHKミニ番組「幾重2分Ver.」
20日朝東北地方で初回放送
ついに実現した地上波放送
ご覧になった方々の感想をお届けします。

🌹 NHK様、2分バージョンありがとうございます😊

 映像は後半からでしたが「歩き出す」と「確かな光は」で

羽生くんが顔を上げて凛とした瞳で

前を向くところが大好きです💕 

最後のビールマンスピンから祈りの場面 💙💛

照明で舞う羽生くんが美しく神々しかった✨ 

@monariza50Pyuzu
🌹今日の放送は東北地方のみ、2分間バージョンは

♬歩き出す〜から 録画⏺️できたので

リピが止まりません

羽生結弦、願いを込めてNHK復興支援ソング「花は咲く」をスケー ...

 同じレコに「花は咲く」も残ってた😭 

アイリンの氷にがんばろう東北ので文字!

初めて気づいた😳

19歳と31歳⛸️行ったり来たりして観てて

しばらく📺前から動けない 

フルバージョンも楽しみ 

@5viVeintnUaFHvP
🌹2分版配信ありがとうございます!! 

ラストの31歳男性の驚愕のビールマンスピン!

すごぎる…

「羽生結弦」は存在も肉体も神秘的だけど、

血のにじむ努力の賜物であり胸が熱くなる🥹 

5分版も楽しみ♡ 
🌹今日、東北で放送された2分バージョンが

NHKONEで公開されました✨️ 

なるほどそこからのちょうど2分間なのだ!と、

明るい祈りを感じる場所でした 

4本のジャンプの後に、

最後に前向きに大きくアクセルが来るところも

羽生結弦イズムだなぁ@love_HY1207

🌹仕事終わって帰宅して 

羽生結弦震災伝承ソング「幾重」スペシャルプログラム

 「寂しさ募るけど歩き出す🎶」から始まる2分バージョン♬ 

最後の氷にコツンの大好きな場面は違うアングルからだった🥹 

これらもどんなバージョンが放送されるのか心待ちにしてる

 @tomo_lapis

🌹回りながら、 輪が描かれ、 #幾重 にも 重なっていく。 

何度も滑り、 何度も刻み、 何度も描き、 生きている。 
@Sunshine_YUZU

🔶2分バージョンは歌の後半から

(会えない事に慣れない町の中寂しさ募るけど) 

歩き出す
きっとあなたが⾒てる そう信じている
春を知る⾳ 川のせせらぎ

とめどなく
涙 流れて残る 確かな光は
まるで重ねた あなたの⼿の温もりのよう
幾重に過ぎゆく⽇々
幾重に未来を拓く

聞こえる? 私の声
聞こえる あなたの声聞こえる 幾重に

 

次回はいよいよフルバージョンです

23日(火)夜11:45(5分)

全国放送は24日水曜日午後の「ニュースーン」にて

さて今日は父の日

羽生選手のお父様への感謝を込めて2018年の記事

を振り返ります。

 

父の日によせて

父の日の色は黄色?黄色いバラなど父の日に人気な黄色い花4つ ...

「天才・羽生結弦を育てた羽生家の家訓」より

 

五輪二連覇を達成した羽生結弦。

なぜ、あれほど心が強いのか。

彼のスケートを見た人が抱く疑問だ。

普段は少年のようにあどけないのに、

競技中の眼差しには炎が宿る。

 

天才スケーターを育んだ羽生家の実像に迫った

「週刊現代」2015年1月31日号の記事を公開する。

控え目で謙虚な両親

連覇を達成した2014/2015グランプリファイナル終了後の記者会見で、

羽生結弦にこんな質問が飛んだ。

「わが子を羽生選手のように育てたいというお母さんが多いのですが、

どうしたら羽生選手のように育つと思いますか」・・・・・・

逆境に立ち向かう強い精神力、誰に対しても礼儀正しい振る舞い—

羽生結弦を見た時、世の母親たちが「子供にあんなふうに育ってほしい」

と思う気持ちはよくわかる。

ただ、そこでハタと気づくことがある。

羽生の両親とは一体どんな人物なのか—。

「結弦の両親が表に出ないのは、頑張っているのは本人であって、

親は関係ないという考えからなんです。

五輪で金メダルを獲得しても『私たちがしゃしゃり出て話すことはない』

と言っていましたね。

控え目で多くを語らない、お二人とも、まさに東北人の気質を持った両親です

羽生家に近い友人はそう説明する。

 

「嫌なら辞めればいい」

小さいころの羽生は、野球をやっていた父の影響から、

ボール遊びが大好きな少年だった。

端麗な容姿から女の子に間違えられることもあったが

、周囲からは明るくわんぱくに見えていた羽生少年。

だが実は、他の子供に比べて、生まれつき大きなハンデを背負っていた。

「喘息」である。

喘息持ちだった羽生は、少し走ると急に咳き込んだり、

夜も眠れないほど咳が続く日もあったという。

羽生がスケートと出会ったのは4歳の頃。

スケート教室に通っていた姉の練習についていったのがきっかけだったが、

目的は喘息を克服することにあった。

 

🔶羽生を指導し、現在は神奈川スケートリンクの専属インストラクターを務める

都築章一郎氏は、その頃のことを次のように語る。

都築「元々は喘息を治すことが目的だったようですが、

結弦は体幹がしっかりした子で、『才能の片鱗』が見えました。

何度転んでも起き上がってきて、当時から芯の強さや、

負けず嫌いなところはありましたね。

 

『お姉ちゃんができるなら僕にだってできる』と言って、

果敢にジャンプやスピンに挑戦していました。

その頃からうまくいけば世界に通用する選手になると思っていました」

 

スケート靴を初めてはいた瞬間から、光っていた才能。だが、

ここから順風満帆なスケート人生が始まったのかと言えば、そうではない。

そのエピソードを明かすのは、羽生の父親の妹で、

現在は保育士を務める叔母である。

 

「兄はずっと野球が好きで、野球部の顧問も務めていました。

だから、本当はゆづに野球をやらせたかったんです。

小学校3~4年生の頃、

スケートの練習が少し嫌になっていたゆづに、兄はこう言ったそうです。

『野球のほうがおカネもかからないし、スケートが嫌なら辞めてもいいんだぞ』と

 

「兄の問いかけは、ゆづがもう一度スケートに対する思いを確かめる、

いいきっかけになったようです。

それ以来、兄は決してスケートに対しては、口を出しませんでした。

ゆづに『もっと頑張れ』、『もっと練習しろ』とは言わず、一歩下がって、

『おっ、頑張っているな』と声をかけて、見守るというのが、兄のスタンスでした。

 

🔶前出の都築氏は、羽生の両親の教育方針についてこう語る。

都築「羽生家の場合、あるときは密接で、あるときは突き放すという教育をされていた気がします

子供にやらせるのではなく子供が関心をもったことに

可能な限り協力する。

子供の自主性を尊重するのが羽生家の教育方針でした」

スケートだけの人間になるな

そうして続けたスケートで、羽生はますます才能を開花させていく。

小学4年生の時にノービス(ジュニアの下のクラス)の全国大会で初優勝。

中学1年では、ノービス選手にもかかわらず、

全日本ジュニア選手権で3位に輝いた。

 

羽生が中学、高校と進学するにつれ、両親は「自主性」を重んじる一方で、

スケートだけの人間にならないよう、

口を酸っぱくして言い聞かせてきたという。

 

羽生が通っていた東北高校の五十嵐一彌校長が明かす。

「羽生君は勉強もスケートもきちんと両立していました。

やはり親御さんの教えがあったからだと思います。

 

お父さんは『フィギュアだけでなく、勉強もしなければダメだ』

と羽生君に常日頃言っていたようで、

遠征先にも教科書や参考書を持ち込んで勉強していました。

中学のころから成績もよくて、特に理数系が得意でした。

お父さんが数学の先生という影響があるのかもしれませんね」

 

仙台市内にある菊地氏の接骨院を訪ねると、取材は拒否されたが、

施術を受けながら少し話を聞くことができた。

「僕が羽生君の精神的な支えになっている? そんなことはありません。

僕はただの整体師です。むしろ羽生君に感謝していますよ。

未知の世界に連れて行ってもらえたわけだから。

本人も立派ですが、やはりご両親が立派な方です。

いちばん立派なのは、感謝の気持ちを忘れないこと。

 

金メダルを取れば、本人も親も天狗になってもおかしくありません。

ただ羽生家の場合は、かれこれ10年以上の付き合いになりますが、

出会った頃と何も変わらない。

感謝

 

 

の姿勢は、ご両親が羽生君に言葉で教えたわけではないと思います。両親の背中を見て、自然と身についたのでしょう」

 

 

 

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こちらはスピードが魅力のコラボです↓

羽生結弦×米津玄師

BOW AND ARROW:羽生結弦SPバージョン

羽生選手は去年3月に米津玄師さんのMVに出演した

振り付けは自分でSPバージョンを創り上げたがスピード感が半端なくてそこで30歳の4Lzを成功させた彼は根っからのスポ根アスリートなんだけどそれだけじゃない。彼の4lzは美しいのだ

2025年 3月13日公開   

https://youtu.be/Wcza_Do4IoY?si=2mdUwizdi3JuaEq

4Lz/3A/4S3T