アロハ
久しぶりの小説「ブルードルフィン」に関係する記事です。
☆ワイキキのGAYシーン・アングルズ&フラズ
第一章の出だしでジムとハナレイがクイーンズサーフで出会い、次の週末に一緒に泳ぐ約束をして、その後に彼らはワイキキの中心にあるゲイバー「アングルズ」でも再び顔を合わすことになります。
この小説を書いていた頃の「アングルズ」は絶頂期でしたが、残念ながらもう存在していません。
私が二度目にハワイへやって来た1995年頃と2014年現在のワイキキの雰囲気はカナリ違います。
カラーカウア大通りはカピオラニ公園側からヒルトン側までのペーヴメントも一新され、新しい店舗も増えて随分と変わりましたが、その裏手のクヒオ大通りも一昔前の趣を探すのは随分と難しくなってきました。
約20年前のクヒオ大通りには、 世界に名の知れたゲイバー、フラズ&レイスタンドがありました。
リッツカールトンホテルが建設されている敷地です。
そこを中心として、クヒオ映画館、ハンバーガー・メリーズ、80%ストレート、ゲイテーマのホテル・ホノルルなど、この一帯が明るさまなゲイエリアだったのです。
そしてアングルズは少し離れたクヒオ大通りとシーサイド通りの角の二階。
この当時のゲイシーンは圧倒的にフラズ周辺で、そこから離れていたアングルズの方はいつも空いていました。
しかし開発のためにフラズが立ち退きになり、数年に渡って営業停止の状態になるとワイキキのゲイバーはアングルズだけになり、その隣のMIXクラブ・FUSIONとのコンビでゲイシーンは自然な流れでワイキキの中心部へ移動です。
それからアングルズは週末の夜は超込みで動けないほど大繁盛でした。
2000年前後の頃はアングルズの真向かいのリテイル&オフィスビルで働いていたので、ビルを出たら目の前にレインボーフラッグがたなびくゲイシーンという立地条件でした。
しかし仕事帰りにゲイバーで一杯という人ではなかったので、週末になって友人から誘われれば出て行く感じが続いていました。
しかしこの状況は長く続かず、いったん週末の夜にバーやクラブに出かけるようになると、次第に回数が増えてゆきました。
慣れとは恐ろしいものです。
出かければ出かけるほど顔見知りも増えるし、気軽さが増していくので、その内に何の気兼ねものなく出入りできるようになってしまいました。
そして丁度この頃に全米ゲイシーンの中でサーキット・パーティがトレンドになり始めたのです。
サーキット・パーティがトレンドだった時期はよく出かけていましたが、毎回テーマが変わっても、よほどのイベントや何かとのタイアップでない限り出てくる人たちが大きく変わるわけではないので、新鮮味が薄れ始め、夜遊びの回数は自然に減っていきました。
それから体調的な困難さが浮上すると夜遊びに出なくなり、いったん出歩かなくなると出不精になり、あるとき気がついたらアングルスは消えていました。
昔からアングルズの広告デザインを手掛けていた友人に聞いたら、誰も消息を知らず、いきなりバックレたという話しでした。
フラズは現在のカパフル通りのビーチ近くのワイキキグランドホテルの二階に移動するまで、随分と長い間にわたって営業停止状態でした。
新しいフラズは昔の巨大なモンキーポッドの木陰という半アウトドアでトロピカルな雰囲気を失ってしまいましたが、吹き抜けの窓全面からダイヤモンドヘッドの勇姿、ホノルル動物園の向こうにカピオラニ公園の緑の木々、そしてクヒオビーチとクイーンズサーフの一部からワイキキの青い海を見渡すことができます。
ワイキキ中心部よりも駐車場を探しやすいし、ゲイビーチのクイーンズサーフに近いので、ゲイビーチに出かけた観光客にとっては帰りに立ち寄りやすい立地条件です。
昼間でも普通に客がいたりして、窓際に腰掛けて周辺の風景を見ながら飲んでいる方々をよく見かけます。
こういう部分はシアトルのゲイバーにはないハワイ特有のオープンでリラックスした雰囲気だと思います。











