
F4 透明水彩画
再会の鉄道・・・心の日田彦山線
あれは9年前の事だった。朝倉の知人を訪ねその足で東峰村を廻り帰ってきた。
東峰村へ行けば何故か宝珠山駅に寄らなければと思い足を止めたのだった。
宝珠山と言えば70年前は黒いダイヤモンドを採掘していた所
でもあり、近くには小石原焼と言う有名な窯元があります。
石炭の オンボロトラック 揺れとおり
ガタゴト道に ぼた餅残る
当時は、今のように道路はアスファルト舗装ではなく、殆どの道がデコボコ道でした。
宝珠山で採掘された石炭は、ボンネットタイプのトラックに積まれガタゴトと音をたてゆらゆらと走り道端に石炭の零れ落ちたものです。
宝珠山駅でのんびりと休憩をしながら写真をたくさん撮り帰ってきました。
その日から3週間後の事でした、2017年7月、朝倉、東峰村地区を線状降水帯が襲い、日田彦山線は復旧不可能な壊滅状態となり、のちにこの災害は九州北部豪雨と命名されました。
小倉(福岡)~夜明(大分)間を走る日田彦山線は10代のころ二度ほど往復乗車した事があり、当時はSL(蒸気機関車)でトンネルのやたら長かった記憶があります。
トンネルが近くなると急いで窓を閉めなければ大変な事になるので知り合いであろうとなかろうと協力して閉めたものです。
もしかして9年前に、私の撮っていた写真が災害前の【宝珠山駅】、【日田彦山線の列車が走っている】最後の写真とか思ったら・・・そんな思いでブログに載せてみる事にしました。
写真は2017年6月13日(今日でちょうど9年)、九州北部豪雨2017年7月5日~6日
その1、

その2、

その3、

その4、

その5、

その6、

その7、

その8、

その9、

その10、

その11、

その12、

その13、

列車は、小倉方面へと静かに過ぎて行きました。
今思えば線路の音もなく静かに駅に入ってきて物音ひとつせず
立ち去る列車は何かを私に語りかけるような寂しい光景でした。
きっと地元の皆さんに別れを告げてたのでしょうか、
もう線路を走る列車の光景は見ることは出来なくなりましたね・・・涙
現在、日田彦山線は日田彦山線BRT【ひこぼしライン】
電気バス、として運行されています。
小倉、城野(福岡)~添田間は列車
添田~彦山間はバスで一般道
彦山~宝珠山はバスで線路跡専用道(線路を道路化)
宝珠山~日田(大分)はバスで一般道
ひこぼしラインの意味は、日田【彦】山線の【星】になるように
との事です。
災害後、朝倉地区の様子を見に行ったのですがまるで〇〇絵図でした。高齢であるがゆえにボランティアにも参加できずただ見守るだけでした。
この時期、どの町でも災害が無いことを願っています。
ご訪問ありがとうございます。