サラスヴァティー2 | 徒然草子

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3 ヒンドゥー教におけるサラスヴァティーの伝承

前述した通り、河川や水の女神として出発したサラスヴァティーは時代が下ると、その性格が抽象化されて祭儀の神、恩恵の神となり、更に言語の女神ヴァーチュと習合する事で言語の神、弁説の神となり、更には聖典『ヴェーダ』の保持者、智慧の神、学芸の神としての性格を獲得していった。
今日、サラスヴァティーは創造主ブラフマーの妃としても知られているが、サラスヴァティーの夫であるブラフマーは宇宙の根本原理であるブラフマンの神格化である。
元来、ブラフマンはヴェーダ祭儀において唱えられる讃歌や呪文に内在する呪力を意味し、ブラーフマナ文献において神々を動かす力と看做されていたが、その後のウパニシャッド哲学において宇宙の根本原理とされるに至った。
かかるブラフマンは本来的には中性原理であったが、今日のヒンドゥー教の基になっているプラーナ群が編纂される時代に至ると、男性神ブラフマーとして神格化されたが、かかるブラフマーは聖典『ヴェーダ』の管理者と看做され、同じく『ヴェーダ』の保持者であるサラスヴァティーとも結びつく事になった。

サラスヴァティーがブラフマーの妃になるに至った経緯に関しては、以前、パールヴァティーの項でも触れた様に、ヴィシュヌ派系の伝承として、元来、パールヴァティー、ラクシュミーらとともにヴィシュヌの妃であったが、彼女達の間で争いが絶えなかったので、ヴィシュヌはパールヴァティーをシヴァに、サラスヴァティーをブラフマーに与えたというものがあるが、一般的には次の伝承が知られている様である。
ブラフマーは自身の内から女神を作り出したが、その女神があまりにも美しかったから、ブラフマーは見とれてしまった。見つめられる恥ずかしさから逃れる為にサラスヴァティーはブラフマーの背後に逃れようとしたが、その都度、ブラフマーに顔が生じ、ブラフマーは四面となった。其処でサラスヴァティーはその空中に逃れたが、すると、ブラフマーの頭上に第五の面が生じた。遂にブラフマーからは逃れられないと諦めたサラスヴァティーはその妃となり、ブラフマーとサラスヴァティーの間に人類の祖先であるマヌが生まれたとされる。
尚、上述の伝承によれば、ブラフマーは五面神になったとされているが、ブラフマーの頭上に生じた第五面は後にブラフマーの傲岸さに激怒したシヴァによってその首を刎ねられ、結局、今日、見られる四面神になったとされている。
さて、上述のサラスヴァティーは、ブラフマーと女神ガーヤトリーとの結婚譚でもある別の伝承によれば、その性格はプライドが高く、高慢とされている。
ある時、ブラフマーは神々を集めて祭儀を執り行ったが、定刻になってもサラスヴァティーは祭儀の場に来なかった。其処で使者を派遣して彼女を呼んだが、サラスヴァティーは化粧中なので、待って欲しいと返事した。
かかる返事に激怒したブラフマーは神々に別の妃が欲しいと乞うた所、神々はブラフマーにガーヤトリーを紹介した。ブラフマーは直ちに彼女と結婚して妃とし、祭儀を執り行った。
その後、漸くサラスヴァティーが到着したが、ブラフマーがガーヤトリーを妃に迎えて祭儀を行った事に彼女は激怒し、ブラフマーに祭儀は1年に1度しかできないという呪いをかけた。一方、ガーヤトリーに対しては、彼女が自身の位置に関してサラスヴァティーの次席である事を必ず守るという約束を行ったから、サラスヴァティーの怒りは治まり、又、ガーヤトリーの存在を認める事になったと言う。因みに、ガーヤトリーとは、元来、『ヴェーダ』の韻律の一種であり、今日のヒンドゥー教では『ヴェーダ』の母と称され、信仰されている。

4 図像
○標準的な図像

サラスヴァティーは一般的に一面二臂、又は一面四臂の美しい女神として表現されるが、特に一面四臂像が多い様である。

一面二臂像の場合、琵琶風の弦楽器ヴィーナを奏でているか、又は一方の手でヴィーナを持し、もう一方の手に数珠、又は聖典を持している図像が多い。
一面四臂像の場合、左右第一手でヴィーナを持しているか、奏でており、右第二手で数珠、左第二手で聖典を持している図像が最も多い様である。数珠などの他に蓮華、水瓶、槍などを持したり、或は施無畏印を結んでいたりするが、ヴィーナは必ず持しているから、持物のヴィーナはサラスヴァティーの最大の特徴と見てよい様である。


又、サラスヴァティーを画像で描く場合、一般的に河川とともに表現される事が多いが、それは彼女が、元来、河川の女神である事に由来するものである。
サラスヴァティーのヴァーハナ(乗物)はハンサ鳥、又は孔雀で、これらのいずれか、若しくは両者がサラスヴァティーの許に配されている図像がよく見られる。

○マハーサラスヴァティー

マハーサラスヴァティー(Mahasarasvati)はサラスヴァティーの尊称としての意味の他に一面八臂の特定の図像のサラスヴァティーを指す場合がある。本節では後者について触れる。
マハーサラスヴァティーはシャークタ派の聖典『デーヴィーマハートミヤ』において大女神(マハーデーヴィー)の力を具現化した女神としてマハーカーリーやマハーラクシュミーらとともに並ぶ存在であり、サラスヴァティーの戦闘的な相でもある。彼女はその八臂の手にヴィーナの他、弓矢、三叉戟、円盤、刃、杵、法螺貝などの様々な武器を持しているとされ、彼女は諸々のアスラなどの魔神を滅ぼすとされている。

○ニラサラスヴァティー

マハーデーヴィー(大女神)の十の智慧(ダーシャマハーヴィドゥヤ)を象徴する10尊の女神の一人であるターラー(Tara)がニラサラスヴァティー(Nilasarasvati)と呼ばれる事があるが、ターラーについては改めて別述する。

5 ヒンドゥー教におけるサラスヴァティー信仰

今日、サラスヴァティーは、既述の通り、ヒンドゥー教において智慧、学問、言語の女神として、又、様々な技芸を司る芸術神として広く信仰されている。
又、サラスヴァティーは蜂蜜を好むとされ、その供養(puja)に蜂蜜がしばしば捧げられるが、教義的に蜂蜜は知識の象徴と説明される事もある。

6 ジャイナ教におけるサラスヴァティー信仰

ジャイナ教においてもヒンドゥー教と同様にサラスヴァティーは人気のある女神であり、ジャイナ教においてサラスヴァティーは智慧や知識の女神として信仰を集めている。尚、ジャイナ教においてサラスヴァティーはスルタデーヴァタ(Srutadevata)、バラティシャーラダー(Bharati Sarada)などの別名で言及される事もある。
尚、図像の方はヒンドゥー教のものと変わらない。