授業が終わるチャイムが鳴り、帰り支度をする生徒たちの中に彼女はいた。
所在なげに彼女も机の中から文庫本を手に取り、帰り支度を始める。
「間上、ちょっといいか?」
彼女の名を呼び、振り返らせたのは同じクラスの清水幸だった。
幸(みゆき)という名前の、短髪の男子生徒と見まがう、そんな女生徒は彼女、間上唯の数少ない友人だった。
「幸、改まって何?」
「いやーたいした事じゃないんだけど、今朝の騒ぎ知ってる?」
今朝の、と言われて思い浮かぶのは駅の女と少女の、いや女とホームに落とされた男の事が浮かんだ。
「駅の、かな?それなら…見たけど」
「駅ぃ?駅で何かあった?
いや、駅じゃなくてさ…ここ、学校で朝あったらしいんだけど」
清水幸が語った事によると、早朝だかに男子生徒が数人倒れてたらしいというものだった。
「…私服で?」
「そう、私服で。
なんかねぇ肝試しとかしてたらしいよ。
でね…デタらしいんよ」
「…でた?」
「この学校って七不思議なんてない新設校じゃない、だからかねぇ…夜中に安心して肝試しできるとかって感じでやったらしいんだけど…。
学生服の、ああブレザーじゃなく詰襟だったかセーラー服だったかを見たってさ」
「で…その人たちは?
噂になってるくらいだし、それだけじゃないんでしょ?」
「ああ、さすがだねぇ。
一人は怪我もしてないのに血っぽい赤い水溜りに倒れてたらしくってさ、病院に担がれてった」
「それ、ほんとに血?」
「さぁ?私らが来た時にはもうなかったからな、よくわからんよ」
「幸たちって…陸上部朝練で早いんだっけ…じゃあ噂はどこから出たのかな…」
「だから不思議なんだって。
私らより早く来るのなんて滅多に居ないんだよ?」
陸上部より早い時間に来る生徒も教師もあまり聞いたことがない。
なのに、血の後は残ってない。
ならば、それは早朝ではなく深夜辺りに起きて片付けられたということだろうか。
「でさ、私らは噂にしてないのに、もう噂になってんの。
それがよくわかんなくてさ…、どう思う?」
「私に聞かれても分らないよ、そんな事」
「いや、だからさ、ちょっと考えて…いや調べてみて欲しいなーなんてさ」
「…新聞部でもない私が?」
「無理?」
「…そういうの、あまり関わりたくないんだけどな…私」
「ちぇー、間上なら頭いいし何か分るかなと思ったんだけどな、残念」
清水幸はそれじゃあと軽く手を振って席から離れて行った。
残された間上唯は俯いて本のページを捲るが、内容は頭には入っては来なかった。
頭の中はさっき清水幸から聞いた、誰が噂を流すことが出来たのか、という事だった。
「教師が噂を流す訳が無い。
…だとしたら…流せるのは肝試しをした本人たちしか居ないじゃない…でもどうしてかな」
腑に落ちない、そう呟いて本を閉じる。