ちょっと頼ることができた日 | 自分を生きる

自分を生きる

自分を生きること、アドラーの勇気づけ子育て、子供の英語教育、マインドフルネス について

たまたまかもしれないけれど、

 

 

今日は朝から、いろんなことを夫に頼む、ということができた。

 

 

いつもは、何かお願いするときに、

 

 

どーーーーーーーーーーーーしても、上手にお願いできなかった。

 

 

どういうふうに、上手にできなかったかというと、

 

 

夫も疲れているんだから申し訳ないとか、わたしだけが楽しいことをすることに罪悪感があるとか、もう少し私が頑張れば済む話なのでは?なんだかんだ、やろうと思えばできちゃうでしょ?とか、なんでもかんでもおしつけると思われたくないなとか、わがままだと思われたくないなとか考えて頼めなかったり、

 

 

かと思えば、私が大変そうにしているのに、横でダラダラされると、イライラ・怒った口調で「◯◯してって言ってるじゃん!なんでいつもしてくれないの!?」という感じの頼み方(いやもはや頼んでないか・・・)になったり。

 

 

今日は、どんなことがお願いできたかというと、

 

 

朝、自分一人の時間をもらうこと(これは今までにもできていた)

 

 

それに加えて、

 

 

その間に、洗濯を干すことと、食器を洗うことと、掃除機をかけることと、息子の爪を切ることと、娘の離乳食を与えることを、いっきにお願いしてみた。

 

 

これまでなら、ただでさえ、毎日遅くまで仕事を頑張っている夫に、子供二人を預けて外出させてもらうんだから、それ以上のことを頼むなんて、申し訳ない、かわいそうだ、頼むべきではない、と思っていたり、

 

 

もしかすると心の中では、

 

 

そんなにたくさんのことをお願いしたら、嫌われてしまうかもしれないとか、お願いして断られたら大切にされていないように感じてしまうから、そもそも頼らないほうがいいとか、そういうことも考えていたかもしれない。

 

 

けど、実際頼んでみたら、

 

 

おっけーってあっさり言ってくれて

 

 

実際、息子の爪切り以外は全部やってくれていた。

 

 

それから、来週おうちに友達を呼びたいと言うので、そういうときはいつもは頑張ってご飯をいろいろ作っていたけど、

 

 

最初は自分がやりたくてやっていたのだけど、あまりにも回数が多くなってきたときがあって、そうすると、せっかく来てくれるのだから、もてなしてあげたいという気持ちもありつつ、ちょっと疲れてきてしまっている自分がいることにも気付けていたので、

 

 

最近はちょっと疲れ気味だから、だんなちゃんがご飯作ってもらえる?とお願いしてみた。

 

 

そしたら、それもあっさりオッケーって。

 

 

これまでは、オッケーって言ってもらえていたとしても、

 

 

そうはいってもらえても、無理させてるよなぁ・・・と思ってしまって、結局行動面でも精神面でもフルで頼りきれなかったけど、

 

 

今回は、オッケーって言ってくれるんだったら、もう私はなんもせんとこー!って思えた。

 

 

今日は昼過ぎから、夫は友達と飲み会に出かける予定があって、週末なのに夕方から寝かしつけまでの怒涛の子育て時間を平日と同じように私一人でやる、という前提があったから、私も頼みやすかったのはあるかもしれない。

 

 

けど、もしかすると、ひょっとすると、

 

 

最近、自分を一番大切にする、っていうことが、できてきたのかもしれない。

 

 

がんばらなければ、自分には価値がない、愛される資格はない

相当の理由がない限り、頑張らないと、嫌われてしまうかもしれない

 

 

なんか書くと大げさな表現だけど、心の中でちょっとそう思っていた価値観を、

 

 

そんなことないよ、頑張らなくても、そのままで価値があるんだよって、すこしずつ、すこしずつ、考え方を変えていくように・・・というか、変えていきたいなーと、ずっと思っていたから

 

 

それがちょっとできたのかもしれない。

 

 

「頑張る」というか、「自分を作る」「本来の自分を隠す」ってほうが、正しいかも。

その方法が、頑張る、無理をする、ってこと。

 

 

自分よりも、相手のことを考えて生きる生き方。

 

 

相手の幸せを、まず考えてしまう生き方。

 

 

これだけ聞くと、めっちゃ素敵な生き方やんと思うかもしれないけど、

 

 

結局、自分が嫌われたくないからやってるだけ。

 

 

相手のことを考えて付き合えば、人間関係が(その場では)うまくいくから。

 

 

けどこれは、自分で自分を満たすことができて、コップの中があふれんばかりの愛で満たされている人がすべき生き方であって、

 

 

私のように、コップの残り水がもうあと数時間で蒸発してカサカサになります、みたいなくらいに干ばつ気味の人にとっては、

 

 

自分が無理してまで相手のために生きると、

 

 

人間関係自体はうまくいくかもしれないけれど、自分がめちゃくちゃ疲れて、結局放棄してしまいたくなったり

 

 

あるとき突然爆発して、仲良くなるどころか相手を傷つけてしまったり

 

 

結局、どこかで無理が出るのがオチ。

 

 

ずっと、頭ではわかっていたんだけどね。

 

 

これまで人間関係を維持する(嫌われないようにする)生き方で生きてきた人にとっては、

 

 

頑張るのをやめて、無理をしないで、そのままの自分で行くのって

 

 

むっちゃハードル高くって、

 

 

正直、自分を優先するなんて怖すぎて無理だと思った。

 

 

けど、自分を大切に・・・やっぱむりー!・・・けど自分を大切に・・・いやいや、いやっぱむりー!を繰り返して、数ミリくらい前進したのかもしれない。

 

 

あと、これまでは、自分のことをどうしても一番に考えてあげられない自分ってダメだなーと思ってしまっていたけど、

 

 

ふと何かのきっかけで、自分のことよりも人を大切にするなんて、むっちゃ素敵なひとやんわたし・・・!聖人か!って、いったん認めてみたからかもしれない。

 

 

うんうん、そのままでも十分オッケーよ!なんなら、サイコーよ!じゃぁ、そっからもっといい感じになってみようか!っていうノリになって、ちょっと足取りが軽くなったのかもしれない。

 

 

いずれにせよ。

 

 

今日はちょっと成長が感じられて、とってもいい日だった。

 

 

そして、やっぱり子供には、

 

 

自分には愛される価値がある。そのままの自分でいても、十分に愛されるべき存在である、

 

 

って思って、生きていってほしいなって思った。

 

 

それが、幸せな人生だと思う。

 

 

そう思って生きて行けるように、これからもいっぱい勇気づけをしていきたいなと思います。

 

 

そして、いっぱい勇気づけができるように、

 

 

私のコップを満たすことも、最優先事項でやっていこうと思います。